Casieの藤本翔社長=京都市下京区のCasieで10月31日
Casieの藤本翔社長=京都市下京区のCasieで10月31日

 好きな絵を選んで借りる。こんなサブスクリプション(定額利用)サービスが顧客を増やしている。「絵画はお金持ちが買うもの」という常識を覆し、気軽にレンタルして家に飾る楽しさを提供している。

 運営するのは京都市下京区の「Casie」(カシエ)。貸し絵から名付けた。藤本翔社長(40)が「アートの流通エンジンを作りたい」という理念を掲げ、2019年のサービス開始以来、ユーザーは右肩上がりで増え、23年には8000人を超えた。

 現在、画家は約1300人登録されている。ギャラリーに所属せず、デビュー前の人たちで、作品は約1万4000点ある。プランは絵画のサイズに応じて月額で2200円、3300円、5830円の3種類。ウェブサイトから好きな作品を選ぶと、梱包(こんぽう)された作品が自宅に届く。最短で30日後に別の作品に交換でき、気に入れば購入もできる。交換には手数料が生じる。レンタルの場合は35%、購入の場合は60%が画家の報酬となる。

 一般の人にとって、絵を買うのは縁遠いことだろう。カシエのウェブサイトは、絵画というよりインテリアを選ぶような感覚だ。手助けになるように抽象画、風景画、季節やイベントといった切り口も提示されている。個別に作品のテーマや画家の情報も付けている。藤本社長はサブスクという形を選んだ狙いを「安さではなく、選ぶ行為を習慣化することで、ユーザーの審美眼を育てようと考えた」と語る。

 入り口はカジュアルでも、届くのは正真正銘の芸術作品。原画ならではの魅力を感じて、絵を選ぶ経験を重ねるうちに、特定のアーティストが気に入ってくる。毎月、ユーザーの1~2%が作品を購入するのはその表れだ。藤本社長は「推しのアーティストと出会う探索の旅をして、推しが決まったら作品を購入する。今の日本ではアート市場拡大の最適解ではないでしょうか。まだまだですけれど」と語る。

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 藤本社長は大学卒業後、総合商社と経営コンサルティング会社勤務を経て17年にカシエを起業した。

 父は画家だった。小学生の頃から、個展やグループ展の設営や接客、集客チラシを配る手伝いをしていた。それでも画家の友人と身内が来るばかりで、絵は売れない。「撤収作業の時におやじが不機嫌で『なんでこんなに売れへんのやろ』ってすごく思っていた」

 小学5年生の時、父が病気で亡くなった。この頃、おぼろげながら「アートの流通エンジンを作りたい」という思いが芽生えた。ギャラリーや画廊、百貨店の流通にのらない低・中価格帯の作品の販路がなかった。

 カシエを起業したのは、父の享年と同じ34歳の時。デビュー前の画家の作品だけを扱う理由も、藤本社長の生い立ちが影響している。「僕らはポリシーとして、資産価値が高いとみなされるアーティストの作品は取り扱わないんです」

 コロナ禍をきっかけにした巣ごもり需要、子どもの情操教育など、絵画を体感するきっかけは何でもいい。「知らない世界が広がっていくって楽しいじゃないですか。エスコートはカシエがする。僕らのサービスは絵を届けるだけでなく、アーティストとユーザーの関係を結ぶものだと思っています」。その先には、アートシーンが盛り上がる未来を思い描いている。

2023年12月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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