映画「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」の一場面©大墻敦

 これからの美術館に考えをめぐらせたくなる映画が15日、公開された。ドキュメンタリー「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」だ。同館で働く人々の言葉や、ふだん見られないバックヤードの躍動から、営みの奥深さや機微が伝わると共に、美術館が置かれた現状を浮き彫りにする内容だ。

 映画の舞台となった国立西洋美術館は、西洋美術を専門とする唯一の国立美術館。戦後、フランス政府が日本へ寄贈返還した実業家、松方幸次郎のコレクションを保存・公開するため1959年に開館した。当時、フランスを代表する建築家だったル・コルビュジエが設計した同館は、今では世界遺産に登録されている。

 撮影は、改修工事のため休館した2020年10月から約1年半にわたって行われた。ナレーションやキャプションによる説明はなく、作品を保存・修復する筆先や、守り包む梱包(こんぽう)作業、絵画を見つめる学芸員の横顔などを淡々と映し出していく。

 収蔵庫のラックにびっしりと掛かる作品の数々と共にある学芸員はこう語っていた。「ここでは作品の購入作業ができる。どこの館でもできることではないのでやりがいを感じる」。日本博物館協会が19年に行ったアンケート調査によると、コレクション購入予算について65%の公立美術館が「ゼロ」と回答している。継続的に、系統立った収集ができる同館の恵まれた状況を象徴する場面だろう。

 モネの「睡蓮(すいれん)」ほか、セザンヌ、ゴッホ、ピカソの絵画や、ロダンの「考える人」など、松方の約400点から出発した所蔵品は今では約6000点に上る。15~20世紀初頭に至る西洋美術の変遷を概観できる東アジア最大級のコレクションにまで成長した。

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国立西洋美術館の田中正之館長

 映画の公開に合わせて先月、同館の田中正之館長が講演を行った。田中館長は、同館の成り立ちなどを説明したうえで、「日本と西洋の文化が相互に影響を与え合うダイナミズムを伝え、文化が発展、展開する場」とその役割を強調した。

 映画のなかで、馬渕明子前館長は「美術館はいま、岐路に立っている」と語っていた。新聞社やテレビ局が資金や人手の多くを分担して特別展を運営する日本独自のシステムがもはや持続可能ではないとの認識に立った発言だった。田中館長も、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻の影響で輸送費などの経費がかつてないほど高騰している現状を踏まえ、「これまで開催してきたような大規模展はゼロにはならないにしても同じ頻度では行えない」と見通した。

 01年に独立行政法人になり、現場で働く学芸員の間には、研究に没頭するだけではなく、どうすれば自己収入を増やせるか、経営的な感覚が浸透し始めているという。寄付金や協賛金を得るためのファンドレイジングの手法も重要になるとし、館内で体制整備を進めていると明かした。そして、「馬渕前館長が映画のなかで語った『岐路』を、美術館や展覧会のあり方を変えていくための絶好の好機と前向きに捉え、新たな地平を開いていきたい」と締めくくった。

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 本作を手がけた大墻(おおがき)敦監督は元NHKのディレクター、プロデューサー。講演に同席した大墻監督は「文化を支えるのはわたしたちなんだという思いを込めた。調査報道の手法は採っていない。映像と音を通して、見る人がそれぞれに感じ取ってほしい」と語った。東京のシアター・イメージフォーラムで公開中。全国で順次ロードショーを予定している。

2023年7月20日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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