村上隆さんの、国内では8年ぶりとなる大規模個展「村上隆 もののけ 京都」が、京都市京セラ美術館(京都市左京区)で開かれている。約190点の作品のうち9割が新作という本展で村上さんが向き合ったのは、千年の都・京都。江戸期に活躍した個性豊かな絵師たちにインスピレーションを受けながら、清も濁も併せのんできた古都を舞台に、新たな村上ワールドを繰り広げている。
八角形の暗い展示室。実際の東西南北と方位を合わせた壁に浮かび上がるのは、京都の町を守ってきたとされる四神の姿だ。西方を守る「白虎 京都」(2023~24年)に描かれたのは、大小14匹の虎。画面上部を埋める大きな虎は猛獣らしくふてぶてしい表情だが、足元に行儀よく座る虎はすました顔で、脱力感も漂う。極彩色に彩られた縦横約5㍍の各作品は、闇の中で並々ならぬエネルギーを放っている。
部屋の中央には「六角螺旋(らせん)堂」(23~24年)という黒い塔を配置。モチーフとなった京都の「六角堂」は町の中心にあって、戦乱や疫病の危機が町に迫ると鐘が突かれたという歴史を持つ。柱には大小の金のドクロが重なった立体作品「竜頭Gold」。暗い中に目を凝らすと、カーペットや壁にも無数のドクロがデザインされていることに気付く。
ドクロは、展覧会会場に入って最初に相対する大作にも描かれている。江戸初期の絵師、岩佐又兵衛による国宝「洛中洛外図屛風(ずびょうぶ)(舟木本)」を下敷きに制作された「洛中洛外図 岩佐又兵衛rip」(23~24年)。生き生きとした京の人々に交じって描かれているのは、村上さんおなじみのキャラクターと、ドクロ模様の金の雲だ。
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「もののけ」というタイトルが示唆する通り、会場で感じるのは「はんなり」といった言葉で表現される古都の雰囲気ではない。今よりも生と死の距離がずっと近かった、中近世の京都。そのまがまがしさをも含む活気あふれる情景が、目の前に広がる。
「京都は今、観光地化されてフラットになっているが、聖なる場所もあり、不浄な場所もあった。華やかだけではない京都を掘り起こすような作品を作ってほしい」
実際、村上さんは本展に向け、そんなオーダーを受けたという。オーダーしたのは同館事業企画推進室ゼネラルマネージャーの高橋信也さん。村上さんとは旧知の仲で、前回の国内での大規模展「村上隆の五百羅漢図展」(15~16年、東京・森美術館)でもタッグを組んだ。高橋さんはその後、生まれ育った京都で現在のポストに就任。「本気で日本のオリジナリティーって何だろうと考えたら、京都に来ざるを得ない」、そして、「百花繚乱(りょうらん)の江戸期の京都の絵師たちと村上さんをつなぐものが、たくさんある」。その二つの確信から村上さんを口説き、展覧会にこぎつけた。
東日本大震災をきっかけに移住した村上さんにとっても、京都は特別な場所。開幕前には「京都で家を建てる時は苦労した」と冗談めかして語りつつ、「文化を守ろうとすると強力な排他主義は必要になる。その意気や良し。全体的に統一された世界に自分を沈めてみたい」と意欲を語っていた。
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本展では高橋さんからいくつもの「むちゃぶり」があった、と村上さん。その一つが、風神雷神図の制作だ。言わずとしれた俵屋宗達の代表作、そして尾形光琳らが描き継いできたモチーフを、村上さんはかわいい〝ゆるキャラ〟へと変じてみせた。「私の考える芸術の到達点は禅画だ」という村上さんが、「気の抜けたようなキャラクターだが、最高のコンディションで脱力の自分にアプローチした」自信作という。
NFT(非代替性トークン)などデジタルアートも積極的に展開する村上さんの最新の動向に触れられる展示室には、トレーディングカードとして制作した画像を、アナログに描いた108枚の絵画が並ぶ。「デジタルで表現するのはなんでもないことだが、キャンバスでマニュアルで表現するのは難度が高い」(高橋さん)という、遊び心満載の挑戦。9月1日まで。
2024年7月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載