嶋田美子さん(左)と清水晶子さん
嶋田美子さん(左)と清水晶子さん

 「おまえが決めるな!」という痛快なタイトルの個展が開かれている。1980年代後半から女性と戦争をテーマに制作してきたアーティスト、美術史研究者の嶋田美子さん(59年生まれ)が「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(中ピ連)」に着目した、21年ぶりの新作個展だという。

 中ピ連は72年、榎美沙子さんを代表に設立。ピンク色のヘルメットをかぶって政府の優生保護法改正案に反対し、「産む、産まないは女の基本的権利」だと訴えた。

 展示室にもあちこちにピンク色が見える。榎さんの活動を描いたルポルタージュ絵画ふうの油彩画、青空の下「中ピ連」という旗を振る嶋田さんの写真、イタリア・ナポリの芸大生と行ったパフォーマンス映像。色物扱いされた中ピ連を逆手にとるように、色にあふれている。ユーモラスな中に寓意(ぐうい)性と物語性を感じさせ、見た人と自然に会話が生まれるような展示だ。

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ピンクののぼりや榎美沙子さんの活動を描いた油彩画が展示されている
ピンクののぼりや榎美沙子さんの活動を描いた油彩画が展示されている

 なぜ今、中ピ連なのか。20日にあった東京大学大学院教授(フェミニズム、クイア理論)の清水晶子さんとのトークイベント「フェミニズムの現在と未来」で、嶋田さんは、女性の性と生殖に関する「自己決定権」を理由に挙げた。中ピ連を忘却した日本のフェミニズムへの危機感を口にし、「権力と闘い、女性の自己決定権(に関する要求)を具体的に言語化していたのが中ピ連だった」と話した。

 清水さんも「非常にアクチュアルなテーマ」だと賛同。2000年代には国際的に広く共有されたものの、10年代半ばから「中絶禁止法の施行など、世界各地で押し戻す力が強くなり、この権利が今危うくなっている」と振り返った。

 2人が危惧するのは、感情を過度に重視する傾向だ。「#MeToo(私も)」運動の意義は認めた上で、共感をベースに「加害者を一つ一つつぶす」ような流れは、80年代のような性表現や性産業への非難につながる、と嶋田さんは指摘する。清水さんは性表現について「個人的には不愉快なものもある」としつつ、「批判されるべきものと、不愉快なもの、禁じられるべきものも違う」と話し、嶋田さんも「検閲されるとマイノリティーのものが最初にやり玉に挙げられる」と応じた。

 なぜ日本のフェミニズムはうまくいかないのか。多様な意見があり、一枚岩ではないし、課題の解決法もすぐには見つからない。しかし、清水さんは嶋田さんの著書『おまえが決めるな!』(白順社)にある「わかりやすい『美しさ』や『いい話』に着地することを拒む」という一文を肯定的に受け止める。

 大勢の人が耳を傾けるなか、アーティストだという参加者からは「美術作品の美しさについてどう考えるべきか」と問われると、嶋田さんは榎さんを描いた絵について「AI(人工知能)で榎美沙子を作ることもできるけど、きれいにしてもつまらない」と指摘。ルポルタージュ絵画で知られ、尊敬するという画家、中村宏さんの言葉を引きながら、「その場で起こってくること、起きてしまったことが、完成度より重要なんじゃないかな」と話した。

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 みこのようにアポロ神殿跡地で行った芸大生とのパフォーマンスや、松澤宥の予言めいた代表作「消滅の幟(のぼり)」と重なる「おまえがきめるな」と書かれた大きなのぼり。嶋田さんは中ピ連が掲げた要求の、先見性に目を留める。折しも会期中には、世界から約30年遅れて国内初の経口中絶薬が承認され、再び女性の自己決定権に注目が集まりつつある。東京・六本木のオオタファインアーツ(03・6447・1123)で6月10日まで。

2023年5月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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