昨年5月に死去したウクライナ出身の世界的な現代美術家イリヤ・カバコフ氏(享年89)の未公開作品が、今年7月に新潟県で始まる「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024」に展示されることになった。ロシアによるウクライナ侵攻が3年目に入るなか、カバコフ氏と長年交流を続けてきたキュレーターの鴻野わか菜・早稲田大教授(スラブ文化研究)は「カバコフ氏の創作の軌跡や、故郷ウクライナへの思いを知ってもらえれば」と話している。
カバコフ氏は1933年、旧ソ連ウクライナ共和国ドニプロのユダヤ人家庭に生まれた。モスクワ美術大で学び、絵本の挿絵画家として文化統制下のロシアで非公式な芸術活動を展開。92年に妻エミリアさん(78)と米国に移住して創作を続けていた。日本との縁も深く、「大地の芸術祭」には2000年の第1回から参加していた。
カバコフ氏を追悼する企画展の中で初公開されるのは、ウクライナ出身のユダヤ人作家ショレム・アレイヘムの「さまよえる星」の挿絵として57年ごろに描かれたドローイングとスケッチ5点。モスクワ美術大の卒業制作で、カバコフ氏の自伝に紹介されていたが、鴻野教授が2015年に米ニューヨークの同氏の自宅に1カ月滞在して共同調査をした際に実物を初めて確認した。
「さまよえる星」はウクライナに生まれたユダヤ人芸術家の苦悩を描いた長編。鴻野教授は「カバコフ氏はソ連時代にウクライナやユダヤ人の出自を表に出さなかったが、今回見つかった初期作品を見るとウクライナへの思いがあったことが分かる。本人のアイデンティティーの探求や創作の原点を知るうえで貴重だ」と指摘する。
このほか企画展では、ソ連の秘密警察に摘発されることへの恐怖を表現した作品「逮捕(不安)」(59年)が初公開される。また、カバコフ氏は22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始した直後、心身ともに衰弱して創作できない状況になったが、苦悩を乗り越え、人間や動物が逃げ惑う様を描いた「朝の幻影 クーポラ劇場」も展示される。
「大地の芸術祭」は7月13日から11月10日まで新潟県十日町市と津南町で開かれる。
2024年3月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載