三田晴夫さん著『同時代美術の見方』(藝華書院)

 毎日新聞で長く美術担当を務めた三田(さんだ)晴夫さん(74)による『同時代美術の見方 毎日新聞展評 1987―2016』(藝華書院)が刊行された。「いま、ここの表現」を大切にしてきた美術記者による、約30年間のアートシーンのドキュメントだ。

 本書には、著者が毎日新聞東京本社時代に執筆した記事と、退職後に美術ジャーナリストとして寄稿した記事を収録した。展覧会評(展評)を中心に、作家へのインタビューなどを収録している。総項目数は1450件にも上るが、「これぞという展覧会を一本一本書いてきた。ニュースとしてそのつど書いてきたものの積み重ねなのでしょう」と振り返る。

 特徴は、資料性の高さにある。取り上げた作家の人名▽画廊・美術館▽展覧会名ごとに索引を付け、展覧会以外の動向記事には年代順に見出しを列記した。

 例えば、西武美術館/セゾン美術館や、佐賀町エキジビットスペース、佐谷画廊(いずれも東京)といった閉館した施設の名前もあり、そこでどのような展覧会があったのか、索引から一覧できる。特にインターネットがない時代において、会期が短い貸し画廊での展示を会期中に書きとどめた記事は重みがある。

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 新聞の美術記者は、批評家でも美術史家でもない。世間と美術界の間にあって、時々の「ニュース」を記録してきた。

 美術記者としての出発点は、1982年。福岡勤務時代に、後に埼玉県立近代美術館長や熊本市現代美術館長を歴任した故田中幸人さんからバトンを受け継いだ。美術にほとんど関心がなく戸惑う三田さんに、田中さんは「展評も新聞のニュースだ。画廊や美術館を丹念に回り、新しい事実を発見していくのが美術記者の務めである」と口酸っぱく言ったという。

 従って、注目するのは自然と同時代美術、いわゆる現代美術になっていった。時に、社内の「美術愛好家」からは「公募団体展や日本画の巨匠も平等に取り上げるべきだ」と批判も受けたと明かす。ただ、福岡では「伝統的な」展覧会を報じることが多かった他紙も、東京に来れば自分と同じように取材していた。

 取り上げた作家は、志賀理江子さんや竹内公太さんら80年代生まれまで幅広い。特に力を注いだのは、李禹煥(リウファン)さんや川俣正さん、遠藤利克さんら、もの派やポストもの派の作家だ。なかでも「彫刻の概念をふっとばされた」というのが、戸谷成雄さん。記事は65件(グループ展も含む)と突出して多く、「西洋彫刻の理念とは全く違う、日本の美術が生み出した彫刻表現だと、強い思い入れで書き続けた時期がありました」。

 福岡時代に出会った九州派の菊畑茂久馬さんには「人間の根源的な表現に触れる精神の機微を教わった」と話す。菊畑さんは戦争記録画についての著作で知られるが、三田さんも戦後50年の節目に戦争画を巡る記事を2回にわたって執筆し、タブー視することなく一括公開するよう求めている。88年末には、当時米ニューヨーク在住だった杉本博司さんのインタビューを掲載。山中信夫さんの回顧展と合わせて「美術表現における写真というメディアの可能性が再認識された一年だった」と記している。

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 この間、アートシーンは大きく変化した。画廊・ギャラリーの時代から、開館ラッシュを迎えた美術館の時代に。舞台は地域芸術祭などの「オフミュージアム」にも広がった。映像・写真の作品が増え、アジア・アフリカの美術が注目されるようになったことが、展評を読んでいくと分かる。

 「僕らのころは、美術運動として変化が動向に表れたけれども、今は美術運動への疑念もあり、(変化が)見えにくい時代だと思います。だけど、やっぱり変化は起きているはずなんですよ。だから、個々の作家を丹念に見て、現実をつかみ取ることに尽きるんだと思います」

2023年2月1日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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