斜めにしつらえたステージに並ぶ夜会用ドレス

 世界的メゾンの歴史と、「オートクチュール」が担ってきた豊かな創造性を圧倒的な空間演出で見せる展覧会「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」が東京・木場の都現代美術館で開かれている。5月28日まで。

 本展は、クリスチャン・ディオール(1905~57年)がパリにメゾンを設立して70年となる2017年、パリ装飾芸術美術館で開幕。ロンドン、上海、ニューヨークなどを巡回してきた。

 東京展では、その歴史をアーカイブする「ディオールヘリテージ」からえりすぐった300点超のドレスや資料を、ウエストを絞った女性的なデザインで一世を風靡(ふうび)した「ニュールック」から始まり、日本▽庭▽夜会▽アトリエ――といった切り口で展開していく。

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 特筆すべきはホワイトキューブの面影を消し去った建築家、重松象平による会場構成だろう。舞台美術家のように「ストーリーテリングに寄与するデザイン」(重松)に徹し、テーマに合わせて空間を作り替えた。

 例えば、「ディオールと日本」のセクションでは、ねぶたで用いる素材と技法によって展示室を包んだ。53年に帝国ホテルで初めて発表したシックなドレスや、現在のクリエーティブディレクター、マリア・グラツィア・キウリによる桜をモチーフにしたドレスが和紙の柔らかな白に映えた。

桜をモチーフにしたマリア・グラツィア・キウリらによるドレス

 クリスチャン・ディオール・クチュール会長兼CEOのピエトロ・ベッカーリは開幕に先立つ記者会見で「メゾンと日本との間には長い歴史があり、多くのインスピレーションを受けてきた」と語る。型紙を利用する権利を提供した鐘紡、大丸との協業の歴史を示す資料や、龍村美術織物(京都市)の生地を用いたコートなどジャポニスムの影響を伝える作品の数々は、東京展の見どころの一つだ。

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 「ミス ディオールの庭」では同館が所蔵する6作家の作品とコラボレーションもした。藤棚の下にいるかのような親密な雰囲気の空間で、かれんなドレスが牧野虎雄の洋画や手塚愛子による糸を用いた作品などと共鳴した。キュレーターのフロランス・ミュラーは「ディオールは私的な空間でも日本文化に接しており、歌麿の浮世絵もあった。美術館の所蔵品とドレスとの間には共通の美が見いだせた」と語る。また、地下と上階をつなぐアトリウムには夜会用のドレスを着せたトルソー35体がずらりと並び、鏡のトリックとプロジェクションマッピングが迫力を増幅させていた。

「ミス ディオールの庭」の展示風景=いずれも東京都江東区の都現代美術館で

 写真家、高木由利子が撮り下ろした幻想的な写真が本展の印象に奥行きを与えた。シャッタースピードを8秒に設定し、ディオールをまとうダンサーの動きを封じ込めた。120着を撮影した高木は「(ディオールの衣服には)注文する人とデザイナーのパッション(情熱)とエモーション(感情)が宿っていた。撮影は素晴らしい体験だった」と振り返った。

高木由利子の写真が空間を効果的に仕切る

 プレビューでは俳優やタレントがディオールに身を包んで登場した。華やかで、手仕事の芸術性や色彩の波にも没入できる展覧会だろう。一方、会場に作品リストがなく、図録にも展示作品が掲載されていないなど、美術館で開催するファッション展としては、資料の系統的な扱いや、批評的視点に少し物足りなさも感じた。

2023年1月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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