「芸術の秋」という言葉を持ち出すのは、いささか場違いなのかもしれない。が、秋は新春や初夏と並んで多くの書展が開かれる季節。殊に日本を代表する書のグループが「現代の書」を問い掛ける書展を、毎年開いている。
第71回奎星展(8日まで、東京・上野の東京都美術館)は、上田桑鳩が創設した奎星会が書の前衛を掲げ「年一回の最も大切な発表の機会」(同会ホームページ)となっている。
奎星展は前衛書部(文字性を超越した自由な発想による表現)、創作書部(文字性を基盤とした表現)、臨書部などから構成されている。
「自己に忠実であらんことを」という桑鳩の言葉を実現しようと「今を生きる作家個人個人が書の前衛をめざし、国内はもとより、国際的にも発展」(同)するという目標を掲げて、表現を競っているのだ。
幹部書家の作品からも、革新性を重んじている様子が、よく分かる。岸本太郎さん「有」▽菅野清峯さん「望」▽相原雨雪さん「癸卯(きぼう)」▽東原吐雲さん「化身」=写真<1>▽鎌田恵山さん「存」▽赤池艸硲さん「白い器」=同<2>=といった前衛書部の作からは「書って何?」という根源的な問いが浮かんでくるだろう。さらに、創作書部の中原茅秋さん「不動」=同<3>=や臨書部の中原志軒さん「臨 金文」=同<4>=などと対面すれば、従来の書の概念とは一味違った表現への強い意欲が感じられるのではないか。
一方、第48回創玄現代書展(6日まで、東京・セントラルミュージアム銀座)は、金子鷗亭が創設した創玄書道会が「『これからの書』を意識した魅力ある書展」(永守蒼穹理事長のあいさつ文)を希求する選抜展である。
役員と今春の創玄展入賞者62人の「推薦部門」と公募100人の「選抜部門」により構成されている。
とりわけ、選抜部門は入選率7.15%の激戦だ。第19回展までは「新しい息吹を感じさせる意欲的な作品」が鷗亭の単独審査により選考されてきた。現在は3人の審査員が出品者と白鷗賞を選んでいる。
役員書家の作品を紹介する。中野北溟さん「この道より我を生かす道なし……」=同<5>=の考え抜かれた文字の密集と墨色の工夫。関口春芳さん「心靜無妨喧處寂……」の渇筆の多用による心境の吐露。石飛博光さん「からっぽの手はきっと……」=同<6>=の多彩な線質を繰り出し詩の世界へと接点を求める態度。永守蒼穹さん「雪雲に神の燃やす火……」=同<7>=の気の入った線と文字のデフォルメとの調和。卯中恵美子さん「安身爲樂」の朱白による対比的な線の肥痩(ひそう)の試み。ベテラン書人の意欲あふれる書技と対面できる。
また、渡部會山さん「雷光闇を貫く……」=同<8>▽近藤北濤さん「日本海に浮ぶ……」▽森桂山さん「歸燕は微かに……」▽吉田成美さん「金剛仏の心魂」など自らの言葉を取り上げた作品も。鷗亭が掲げた漢字かな交じり文への挑戦が、今なお脈々と続いている証拠となっている。
この二つの書展は「現代の書」が自由な精神に支えられ、多彩な表現の模索とともに展開し、さらに未来へのまなざしを持つ大切さを語りかけているようだ。
2022年11月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載