特別展「しゃべるヒト」の会場。音声言語の発声時のMRI(磁気共鳴画像化装置)画像や模型も並ぶ

 ヒトは生まれ育つ中でそれぞれの言葉を身につけ、日々使って暮らしている。その言葉との関係を幅広く捉え直そうという特別展「しゃべるヒト ことばの不思議を科学する」が、国立民族学博物館(民博、大阪府吹田市)で開かれている。言語学や文化人類学に限らず、工学系、教育系、脳科学、認知心理学など総勢120人超の研究者が成果を持ち寄った大規模展だ。

 展示は、ヒトの使う言語のなかでも音声言語と手話に特に注目する。

 手話は手や上半身の形や動き、顔の表情を使う。動きに時間がかかるが、同時に複数の情報を発することができるのが特徴だ。一方、音声言語は、息を吐く際に気道や口を通る空気を使う。一度に複数の音を出すことはできないが、すばやく連続した音を発することで効率的な伝達をしている。

 現生人類は、音声言語を使う際に口や舌を細かく動かして母音や子音などの「言語音」を発声している。アウストラロピテクス属(猿人)やホモ・エレクトゥス(原人)に比べて、唇から喉までの距離が短く、喉の奥の形をより自由に変えることができる。また、舌は「つ」の字状で厚みがある。こうした身体上の特徴が、微細な調音に有利に働いているという。

 また、文字を使うのもヒトの特徴だが、視覚で捉えた文字の意味を脳が認識する際には癖がある。展示では、それを実感させる早押しクイズが用意されている。「赤」「青」といったカラー文字が画面に表示され、表示されている文字ではなく色を回答するというもの。色と文字が一致している場合に比べて、異なっている場合には反応に時間がかかる。単語の意味情報と文字の色情報とを同時に処理する時に互いに妨害してしまう「ストループ効果」と呼ばれる現象だ。

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 展示の終盤には、新たな概念という「言語ヒストリー」が紹介される。約20人から、これまでの人生で、言葉との関係に変化があった話を聞き取り、本人が語る映像を流している。

 出生時に口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)があり修復手術を受けた男性は、発音が苦手な音があり、AI(人工知能)による汎用(はんよう)の音声認識に正しく伝わるのは「よくて50%くらい」だが、香港や台湾に行くと「下手な英語が通じる」という。その居心地の良さの要因を、現地では日常的にバイリンガルな環境で生活している人が多く「相手の言っていることを把握する能力にたけている」からではないかと話す。また、44歳の時に脳梗塞(こうそく)で失語症になった男性は「言葉がしゃべれなくなっても理解はできる。一般の人は避けたい、面倒くさいと思ってしまうみたい。でも、僕はもっと話がしたい」という。

 言うまでもなく、言語はコミュニケーションの重要な手段。本展を担当した民博の菊澤律子教授は「言語との関係の変化は誰にでもあること。そもそも個人個人が使っている言葉はさまざまで、語彙(ごい)も文法も少しずつ違う。誰もが『正しい言葉』をしゃべっているわけではない」と指摘する。展示では、日本手話を読み取って日本語に翻訳するアプリなど、現在進行形で開発が進むさまざまな技術も紹介されている。

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半屋外の空間を使った山城大督さんの「SPATIAL TONE」

 幅広い分野の科学研究者に加えて、美術家の山城大督(だいすけ)さんも本展に参加。民博の地下、外気や光の差し込む半屋外になった広々としたピロティ空間を「公園や自宅リビングのように過ごせる場所に」と、机や椅子、スピーカーを配置した(「SPATIAL TONE」)。

 人けのない時間帯、打ちっぱなしのコンクリート壁を前に、椅子に腰掛けて風のような音に耳を傾けていると、言葉以前の世界に引き戻されるような感覚も生じてくる。展示を見た感想を話し合うもよし、自分にとって言葉を発するとは?他の人の言葉を聞くとは?と内省してみるもよしの場になっている。

 菊澤教授は「言葉のいろんな側面を見せたいと考え、参加者が次々に広がった。見る人に、何か一つ関心のあることを見つけてもらえれば」と話す。展示は11月23日まで。民博(06・6876・2151)。2023年3月に同名書籍を刊行予定。

2022年10月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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