フィン・ユール「イージーチェア No.45」1945年デザイン、織田コレクション=大塚友記憲撮影

 デザイン大国、デンマークで美しい家具を手がけたことで知られるフィン・ユール(1912~89年)と、革新的な発想で家具から建築へと創造の領域を広げたフランスのジャン・プルーヴェ(01~84年)。当時の時代背景と共に、それぞれの仕事を見渡す「フィン・ユールとデンマークの椅子」(10月9日まで)が東京・上野の東京都美術館で、「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」(同16日まで)が同・木場の都現代美術館で開かれている。

 2012年のリニューアル時から来館者のための休憩コーナーにデンマークの家具を設置している都美術館。れんが色のタイルが敷き詰められた同館の空間と北欧デザインの調和は、おなじみの光景とも言えるだろう。

東京都現代美術館内に移築された「F 8×8 BCC組立式住宅」。室内は約64平方メートル

 ユールは、同時代の家具デザイナーのなかでは独特な存在だ。無駄をそぎ落とすことでシンプルな機能美を追求した同胞、ボーエ・モーエンセンやハンス・ウェグナーらとは違い、ユールは椅子を通して自身の美的感覚を表そうと試みたからだ。代表作「イージーチェア No・45」は、アーム部分が複雑な曲線を描くよう削り込まれ、単に腕を支える道具にとどまらない存在感を醸し出す。ユールは他のデザイナーと違い、自ら家具を制作することはなかった。本展で学術協力した京都工芸繊維大の多田羅景太助教は「だからこそ、彫刻作品から着想を得たような、繊細で有機的なフォルムを家具に持ち込むことができた」と解説する。そしてそのアイデアを深く理解し、実際に家具に落とし込んだニールス・ヴォッダーという右腕にも恵まれた。

 ユールにとどまらず、本展でデンマークの家具デザイン史を豊富な作例から概観できるのは、北海道東川町の「織田コレクション」によるところが大きい。椅子研究者、織田憲嗣氏が半世紀かけて収集したもので、東京でまとまって紹介されるのは初めて。「名作」の座り心地を味わえるコーナーも充実している。

実際の座り心地を体感できる都美術館の展示コーナー。写真はアルネ・ヤコブセンの家具

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 ジャン・プルーヴェ展は、椅子の展示もさることながら、都現代美術館の大空間を生かした建築物の見せ方が奏功していた。第二次世界大戦中に建築家、ピエール・ジャンヌレと共に考案した5人家族のためのプレハブ建築「F 8×8 BCC組立式住宅」(42年)は、それそのものを館内に移築。スケールが体感できる。「V」を逆さまにしたような「ポルティーク」と呼ばれる部材が屋根などを支える独自の構造は、解体・移築が簡単だ。同様の構造を持つ、鋼鉄とアルミニウムによる「メトロポール」住宅をめぐる資料映像によると、それらは重機を使わず、数人の手で、数日で組み上げられるという。難民のための一時的な住居として設計されたものもある。レジスタンス運動に参加し、仏ナンシー市長も務めたプルーヴェは、仮設住宅建築の第一人者として、戦後復興計画にも積極的にかかわった。

プルーヴェがデザインした椅子の数々

 熱狂的なファンが多いことで知られるプルーヴェの椅子をまとめて見られる機会でもある。多くは公共機関や大学で使われたそれらは丈夫で座りやすいだけでなく、りんとした美しさも兼ね備えている。負荷重量が最も大きくなる座面との接点部分を太くし、先にいくに従って細くなる逆三角のような形をした脚はプルーヴェのアイコンだろう。ポルティークもまた、似た形状をしており、そこに「家具をつくることと建築をつくることには隔たりがない」と唱えたプルーヴェの思考を読み取ることができる。

 本展の共同企画者でパリのギャラリーオーナー、パトリック・セガン氏は「家具、建築だけでなく政治的な立場から、社会や環境、あらゆる分野で力を発揮したプルーヴェ。その哲学に触れてもらえる機会となり、うれしい」と語る。

2022年8月24日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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