大草原を舞台にしたモンゴルの民話「スーホの白い馬」。しかしそのイメージは現代のこの国の姿とかけ離れている。遊牧民は全人口の10%を下回り、高層ビルが建ち並ぶ首都ウランバートルは人口160万人を超える都市となった。約730点の写真を軸にモンゴルの歴史的な変遷をたどる特別展「邂逅(かいこう)する写真たち モンゴルの100年前と今」が、国立民族学博物館(みんぱく、大阪府吹田市)で開催中だ。

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 まず目に飛び込むのは巨大パノラマ写真の壁。それらは円形の会場を半分に区切るように向かい合う。いずれもウランバートルを捉えたものだが、1913年に撮影された左の大画面には草原が広がり、仏塔群の姿も見える。一方、2021年撮影の右の写真にはビルが林立し、ガソリンスタンドに並ぶ自動車の列が写る。

「シャングリラ・モールにて。映画館の前に立つ女性たち」(2021年)=B・インジナーシ撮影 ⒸInjinaash,Bor

 今展のテーマは「出会い」。およそ100年前、宗教都市だったウランバートルは1924~92年の社会主義時代を経てこの30年間で近代化が加速した。1世紀をまたぐ写真を見比べることで「過去と現在」、さらに撮影者の違いから「自己像と他者像」を浮かび上がらせるのが狙いだ。実行委員長の島村一平准教授は「学術的な目線で撮った研究者の写真と、内側から見据えて撮った写真では写り方が違う。そこも注目してほしい」と語る。

 現代のリアルを切り取ったのは主に、気鋭のドキュメンタリー写真家、B・インジナーシさん(1989年、ウランバートル生まれ)による作品。それらは人々の暮らしの今を写し出す。例えばショッピングモールでスマホをいじる若者や、さまざまな国の酒類などが並ぶスーパーの棚には、グローバルな消費文化が浸透した都市の顔がのぞく。一方、物乞いする少年や「いなかのパン屋」のように社会的弱者や地方の定住集落に目を向けたものもある。「現代モンゴルに生きる人々の悲喜こもごもを冷静に見つめている」と島村准教授。

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 モンゴル人写真家による「内側」の視線に対し、100年前の写真には主に欧米の研究者や商人、宣教師など「外側」の視線が反映されている。馬上の人が集まる市場の風景や、民族衣装に身を包んだ人々。それらエキゾチックなイメージには異文化に対する好奇のまなざしが多分に含まれる。

野菜を売る漢人とモンゴル人女性の客(1914年ごろ) I・A・チチャエフ氏のアルバムより From the Album of I.A.Chichaev

 興味深いのは、その多くがネット上のアーカイブ資料などを調査する「デジタルフィールドワーク」の手法で見つかったことだ。膨大な画像資料を公開している米国やロシアなど各国のミュージアムを横断し、そこに埋もれていた、主に1910~20年代のモンゴルの写真をすくい上げた。さらには、個人のブログにアップされていた当時の貴重な画像も加わった。

 調査した同館の小長谷有紀・客員教授は、新型コロナウイルス禍で現地調査が制限された背景に触れた上で、今回の成果を「デジタル時代のたまもの」と表現。「資料の価値を理解し、快く提供してくれた人がいたからこそ」と強調する。また〝発掘〟された一連の資料を通して「辺境と思われがちな当時のモンゴルにも多くの人が出入りし、その中には研究者だけでなく技師や商売人もいた。草原から世界につながっていた姿が浮かび上がった」と説明する。

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 会場には民族衣装「デール」や社会主義期に建てられた集合住宅の間取り図といった資料も並ぶ。島村准教授いわく「固有の文化と呼べるほど」深く根付いたヒップホップを紹介するエリアもあり、固定観念を揺さぶる新たなモンゴル像に出会える。31日まで。

2022年5月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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