現代アートをとりまく現状について語り合う「ICA京都」所長の浅田彰・京都芸術大教授(左)と顧問の片岡真実・森美術館館長=京都市中京区で、山脇新一郎撮影

 現代アートをとりまく昨今の動向について、批評家で京都芸術大教授の浅田彰さんと、東京・森美術館の館長で同大客員教授の片岡真実さんが3月4日、京都市内で語り合った。「今はどのような時代か」という大きな問いから始まった2人のトークは、グローバル化に伴う現代アートの状況、批評の困難さ、さらには京都という場の可能性まで幅広い話題に及んだ。

 京都芸術大(京都市左京区)による現代アートの研究機関「ICA京都」の開設記者発表会とあわせて行われた。ICA京都は2020年4月、現代アートを中心にさまざまな領域や人の交流を促す「芸術文化の交換台」として設置された。主な活動は国際シンポジウムの開催やアーティストのレジデンス支援、批評のウェブ発信など。所長を浅田さんが、顧問を片岡さんが務めている。

 異文化に身を投じるリアルな体験を重視したICA京都の活動はしかし、発足と同時に「(新型コロナウイルスの)パンデミックに遭遇し、低空飛行を余儀なくされた」と浅田さん。「少なくとも来年度の秋くらいから、本来の機能を発揮できるのではないか」との見通しを示し、改めて設立の背景や活動の意義を明らかにした。

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 浅田さんはまず、今という時代が多文化主義とグローバル資本主義の二重構造にあるとし、「無数の小さな文化たち」を尊重する多文化主義では「互いを傷つけてはいけないという全く正しい倫理的命題」ゆえに、あらゆる価値評価が難しいことを指摘。一方、グローバル資本主義では「アートマーケットで売れているからすごい」というように、価値評価がすべて貨幣の話に還元されると論じる。この「両極化」の中で「小さな文化同士が平気で互いを批評し合えるような第三の空間を作らなければいけないという思いが、少なくとも僕には(ICA京都設立の)強い動機としてある」と語った。

 こうした時代整理を踏まえ、片岡さんは現代アートをめぐる複雑な状況に言及。国際展の作品の多くが地域に固有の歴史や社会構造をテーマとしていることを例に、それらを見せることがグローバル化以降の美術で大きな潮流になっている一方、「評価軸そのものが固有の文化や社会に属しており、統一した基準が作りにくくなっている」と説明した。また、ビエンナーレやアートフェア、近現代美術館といった「アートの拠点」が世界中に広がり、「だれも全体像を把握していない時代が少なくとも30年くらい続いている」と分析。複雑化する現代アートのグローバルな地図の中で、アーティストが自分の立ち位置を把握するような体験の必要性も説いた。

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 トークでは、批評の現在について片岡さんが浅田さんに尋ねる場面もあった。浅田さんは「アーティストトークやシンポジウムといった、批評の手前にある対話にICAは重点を置くべきだと思う。それは字面や図像だけでその人を理解するのではない、別の理解につながるし、本当の批評はその上にしかない」と語った。加えて浅田さんは、ICA京都が展示空間は持たないことも強調。ツタがさまざまな場に根を下ろし、広がっていくように「美術館でもなければアートマーケットでもない第三極で、相互作用によって互いが変わっていくような場をつくることが非常に重要。美術館やスタジオ、研究所をつなぐような交換装置として機能できたらいい」との考えを示した。

 これを受けて「京都は東京に比べて地の利がよく、密着した感じがする」と片岡さん。例えば京都で長い歴史を持つ工芸と現代アートの接続など「京都でしかできないものがある。リアルに人が交流し、有機的に知の交換が生まれて、ツタの壁ができていくといい」と期待を寄せた。浅田さんも「首都じゃないけど古都であり、文化的な蓄積を持つ場で逆に一番新しいものが芽生えていく、そういうものをつないでいきたい」と今後の活動を見据えた。

2022年3月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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