眠る夫と娘を撮影した1枚。『マイハズバンド』より
眠る夫と娘を撮影した1枚。『マイハズバンド』より

 写真家・潮田(うしおだ)登久子(とくこ)さん(81)が、偶然見つけた約40年前の未発表作を2冊組みの写真集『マイハズバンド』(torch press)にまとめた。間借りしていた洋館で過ごす、家族の日々。駆け出しの写真家として、女性として、潮田さんが見つめていたものは何だったのだろう。

 古書を撮影した『本の景色 BIBLIOTHECA』(土門拳賞など)や、家庭の冷蔵庫を撮影した『冷蔵庫 ICE BOX』で知られる潮田さん。当時、「憲政の神様」尾崎行雄の旧居を移築した古い洋館の2階の一室で暮らしていた。

 1978年に、写真家の島尾伸三さんと結婚し、娘のしまおまほさん(漫画家・エッセイスト)が誕生。数少ない女性のフリーランスの写真家として活動し始めたばかりだった。「それまでは取材に行ったり、好きな写真を撮りに外に出たりしていたけれど、子供が生まれたらそう簡単には動けなくなってくる。家の中のことをやって、ときどき仕事にも行って。そのなかで目的もなく身の回りのものを撮っていました」。同年から約5年間の写真を、中判カメラによる「Book1」と、35ミリの一眼レフによる「Book2」、2冊組みの写真集にした。

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 寝てしまった夫、向こうに顔を向けて何かに夢中になっている娘。慌ただしいはずの生活にも、静かな時間が流れる。陽光を受ける階段の手すり、窓の外の風景、山積みの洗濯物、シールが貼られた冷蔵庫……。人がいた痕跡や、去ってしまった誰かを私たちは思い出す。

 「鶴の恩返しじゃないけど、撮っている姿を見られるのが恥ずかしかった」。家族が外出した日中、静まりかえった夜、カメラを持ち出した。寝入る夫のそばで、幼い娘が顔を上げ何かを見つめる1枚は、夜の時間を象徴している。

 2人の写真家が、一つの部屋で四六時中顔をつき合わせていた。写真家として「ちょっとくたびれちゃった」ころでもあった。35ミリで軽やかに撮影する夫に対し、「あんなふうにやってみたいけど、かなわない。染まりたくもない。じゃあ、自分のやり方でやるしかない」。家のなかを見つめる視線は、冷蔵庫のシリーズにつながった。

 動くものを捉える目というより、あきずに眺める目があるのだろう。撮る人が眺めた時間に、古い建物が重ねた時間、家族が過ごした時間が交じり合う。同時期に自宅で撮影した島尾さんの写真集『まほちゃん』とは明らかに違うまなざしだ。

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 タイトルは「家族」でも「まほちゃん」でもなく、「マイハズバンド」。個人と個人が出会って家族になり、生活を営んできた。子供だって独立した個人。感傷的な気持ちに浸るのではなく、山あり谷ありを経た家族の出発点として選んだ。

 2人の女性の論考も収めた。写真家の長島有里枝さんは、潮田さんが当時どのような時間を過ごしていたのか、使用していた写真機から想像を巡らせた。美術評論家の光田ゆりさんは、潮田さんの「家庭内写真」の位置づけを探った。潮田さんは言う。「あの時代をなきものにしたいと考えたこともありました。信じられないくらい長い間やってきましたが、あの時間があって今がある、と思えます」

2022年3月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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