平家物語図屛風(上が右隻、下が左隻)、江戸時代前期、岡田美術館蔵

 来年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は源平合戦の時代を舞台にし、1月からフジテレビで放映開始予定で、初のテレビアニメ化に挑んで話題を呼んでいるのは「平家物語」だ。今再び、平安末期の戦乱の世に注目が集まるなか、神奈川県箱根町の岡田美術館で作者不詳、謎の多い「平家物語図屛風(びょうぶ)」が展示され、来館者を引き込んでいる。

 平家物語は平家一門の栄華と衰退を軸とした軍記物語。戦乱の世に不条理な運命をたどった人々の生への思いと無念を描いている。

 このびょうぶ、6曲1双の大画面に、平家物語全12巻の各巻から1場面ずつを抜き出し、右上から左下にかけて並べて描いた。登場人物はのべ約800人。まるで長編映画のダイジェストを見ているような、ドラマチックな構成が特徴だ。描かれた一人一人は実寸にして10㌢にも満たないが、その表情はいずれも生き生きと躍動的で、ふすま絵や掛け軸といった画中画の緻密さにも目を見張る。細部まで楽しもうと、単眼鏡を片手に鑑賞する来館者もいた。

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 同館の小林優子学芸課長によると、それぞれの巻から1場面ずつ抜き出し、計12場面を描いた構成はとても珍しいという。多くの場合、メインの2場面程度を大きく配するのだそうだ。それだけでなく、これまでの平家物語を題材にした美術品ではあまり取り上げられてこなかった場面が選ばれている点も興味深いという。

 例えば、陰謀発覚に怒る平清盛を平重盛がいさめる「烽火之沙汰(ほうかのさた)」(第2巻)や、現在の長野市辺りであった「横田河原合戦」(第6巻)、平重衡が捕らえられた「千手前(せんじゅのまえ)」(第10巻)といった場面がそれに当たる。

 一方、平氏一門の栄華を表した京都・清盛邸の様子(第1巻)や、谷底に落下した平氏軍が折り重なるように描かれた倶利伽羅峠(くりからとうげ)の合戦(第7巻)、船上の扇が虚空を舞う那須与一の活躍(第11巻)など、なじみ深い場面も見つけることができる。

 小林課長は「発注者、制作者に何らかの意図があってこれらの場面が抜き出されているはず。このびょうぶの制作が確かな知識に基づいて、相当なお金と時間をかけた大プロジェクトであったことは間違いない」と語る。

 これだけの大作にもかかわらず、制作者は明らかになっていない。制作時期は、画風や詞書(ことばがき)の筆跡などから17世紀前半と推測されている。プロデューサー役として統括する人物がおり、何人かの絵師が工房で手がけたと考えられている。表具に葵紋(あおいもん)が付されていることから徳川家ゆかりの調度品であった可能性もある。「平氏、源氏をフラットに扱い、引いた目で描かれている点もユニーク。両氏の活躍から、貴族社会から武家社会へと転換点を迎えたこの時代そのものを表そうと試みたのかもしれない」と作品の見どころについて小林課長は語る。

 来年にかけて盛り上がりを見せそうな栄枯盛衰を描く平家物語の世界。この時代のことをより深く知るきっかけになりそうな美術品といえるだろう。本作は同館の所蔵品で、武士をテーマとした絵画や工芸品約30件を展示する企画展「The SAMURAI―サムライと美の世界―」の中で展示している。2022年2月27日まで。

2021年12月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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