昭和天皇御製帖・香淳皇后御歌帖 日比野五鳳筆 彩箋墨書 各2帖のうちの各1葉 1974(昭和49)年 寸法 御製(18・0㌢×15・4㌢)御歌(17・9㌢×15・7㌢) 文化庁(皇居三の丸尚蔵館収蔵)
昭和天皇御製帖・香淳皇后御歌帖 日比野五鳳筆 彩箋墨書 各2帖のうちの各1葉 1974(昭和49)年 寸法 御製(18・0㌢×15・4㌢)御歌(17・9㌢×15・7㌢) 文化庁(皇居三の丸尚蔵館収蔵)

【書の楽しみ】仮名表現の多様性

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長、皇居三の丸尚蔵館長)

 新しく生まれ変わった皇居三の丸尚蔵館では、開館記念展を4期に分けて開催中であるが、現在は第2期の「近代皇室を彩る技と美」で皇室と文化の関わりを示す多種多彩な収蔵品を展示している。

 本作は、小展示室で明治天皇、大正天皇、昭和天皇のお手元にあった作品を展示しているうちの一点で、仮名の書家として名高い日比野五鳳(1901~85年)の作品である。五鳳は岐阜県出身で、はじめ漢字の書を大野百錬より学び、その後は独学で多くの古筆を範として仮名を学んだ。文部省教員検定試験(習字科)合格後、日展、二十人展などにおいても活躍した昭和を代表する書家である。日本芸術院会員に選出され、文化功労者となった。その代表作としては、東京国立博物館に所蔵される「いろは歌」を躍動感あふれる筆致で書き進めた屛風(びょうぶ)と、古筆の学習の跡がうかがえる名品「ひよこ」がよく知られている。

 今回、紹介する御製(ぎょせい)「欧州の旅/外国(とつくに)の旅やすらけく/あらしめと 今日は来て/いのる五十鈴の/宮に」、御歌「アラスカ/オーロラを空より見/つゝ外国のたびに/ある身の/こゝろときめ/く」は、その「ひよこ」に近似した書風であり、それぞれの和歌を散らし書きにしたものである。1974(昭和49)年4月に、昭和天皇と香淳皇后の詠まれた和歌を、戦後歌壇の代表的な歌人である木俣修が編集して『あけぼの集』(読売新聞社刊)が出版された。この作品は、同年10月の献上にあたって五鳳が自筆で認(したた)めた折紙の目録によって、両陛下の金婚にあたり入江相政侍従長・徳川義寛侍従次長と協議の上、各100首を撰述(せんじゅつ)して3カ月を費やして揮毫(きごう)したことがわかる。

 掲載の御製と御歌は昭和46年に国際親善のため、アメリカと欧州を訪問された時の詠歌である。御製は、外遊に先立ち、「五十鈴の宮」、すなわち五十鈴川が流れる伊勢神宮の内宮に参拝し、安穏な旅となることを祈った和歌である。この一葉は、切れ味鋭い筆線で淡墨を駆使して書き始め、歌題と和歌の行頭を工夫し、墨量によって見事に遠近感を表現している。

 御歌は、オーロラを機中から見て外遊に心ときめくさまを詠じている。歌題と和歌を大きく三つの塊に分けての揮毫である。二つ目の中央の塊に字間の表現を巧みに用いて文字を凝縮させる、線質は関戸本古今和歌集を思わせるが、散らしの表現は升色紙を学んだ感性のようにも見える。いわゆる変体仮名を使わずに分かりやすい仮名(女手)のみでの表現で、変化の妙を見せるには大変な技量が必要である。それを自然に表現できる能力は高く評価できる。色彩鮮やかな染紙に金銀の砂子などをまいた美麗な料紙を用いており、御製・御歌の揮毫であるので、五鳳が心血を注いで創作にあたったことがうかがわれる。すべての和歌をお見せできないが、その表現の多様性は素晴らしく、今後はこれも五鳳の代表作に加えることに異存はなかろう。

 皇居三の丸尚蔵館で3月3日まで、御製帖・御歌帖から見開きで各2葉を展示中。

2024年2月18日 東京朝刊 掲載

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