中国・上海の龍美術館西岸館=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】
大舎建築設計事務所 上海の作品群
産業遺跡を生かす選択

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 コロナ禍を挟んで、4年半ぶりに訪れた上海は、ジャン・ヌーヴェルの美術館やトーマス・ヘザウィックによる1000Treesなど、引き続き、興味深い現代建築が誕生していた。もっとも、外国勢だけではない。中国の建築家も頭角をあらわしている。

 水辺の産業遺跡群をリノベーションする大舎建築設計事務所(アトリエ・デスハウス)や、センスの塊というべきネリー&フーなどが、注目すべきプロジェクトを発表している。今回はとくに前者の建築をいくつかまわった。

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 2001年に柳亦春が設立した大舎建築設計事務所は、中国の各地で数多くの美術館や教育施設を手がけているが、特に上海では使われなくなった産業遺跡の空間がもつ壮大なスケール感を生かした作品が目立つ。

 黄浦江の西岸にあるもっとも有名な龍美術館(14年)は、石炭埠頭(ふとう)の跡地に建設され、既存の荷揚げ用の橋や地下駐車場を活用しながら、上部が外に開くT字形の壁構造を反復させつつ加えている。内部に入ると、崇高性すら感じさせる圧倒的な天井高の空間に驚かされるが、柳によれば、実際にここで展示する現代美術家に挑戦的な新作をうながしているという。

 西岸の一帯は、上海万博を契機に文化施設やオフィス街などの再開発が進むエリアだが、長さ120㍍の工場を転用し、大規模なアートフェアが開催されるウエストバンド・アートセンター(14年)も、彼らが手がけた。

趣のあるリバーサイド・パッセージ=五十嵐太郎氏撮影

 サイロ・アート・センター(17年)も名称通り、高さ48㍍の穀物サイロをわずかな操作で展示施設に改造したものである。その対岸の長さ90㍍のリバーサイド・パッセージ(19年)は、石炭埠頭に残ったコンクリートの壁に手を加え、詩的な風景を生みだした。廃虚のような趣は、場所の歴史を想起させるだろう。

 また、上海芸倉美術館(16年)は、廃棄された石炭貯蔵庫を改造したものであり、ここから続く250㍍の立体的な遊歩道(16年)も、石炭積み込みの橋に手を加え、下に店舗群が入ることで、川沿いに安らぎの場をもたらす。彼らの一連の仕事を体験し、日本も急ごしらえの再開発ばかりでなく、産業の歴史を空間として継承しながら、魅力的な場を創造する試みを増やすべきではないかと痛感した。

2024年7月25日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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