和歌色紙 伝飛鳥井雅経筆 本紙 14・8㌢×14・2㌢ 総寸 143・0㌢×28・0㌢ 鎌倉時代 12~13世紀
文化庁蔵(皇居三の丸尚蔵館収蔵)

【書の楽しみ】
弾む筆彩る花鳥の表具

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長・皇居三の丸尚蔵館長)

 銀泥で大きな波が紙面いっぱいに描かれ、その波頭には金泥で描かれた楓(かえで)が浮かぶ料紙に、『古今和歌集』巻第8・離別に所収の382番の凡河内躬恒の和歌「かへるやまなにぞは/ありて/あるかひは/きてもとまらぬ/なにこそ/ありけれ」を散らし書きにしたものである。平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿(くぎょう)・歌人として知られる飛鳥井雅経の筆と伝えられるが、その自筆の熊野懐紙との比較では異筆である。

 ただ、躍動感あふれ、筆の穂先を露(あら)わにした書風は、一見すると同じ雅経と伝称される「今城切」の書を彷彿(ほうふつ)とさせる。「今城切」は今日の研究で藤原教長(1109~80年)の筆跡と明らかである。ほかにも「二荒山本後撰(ごせん)和歌集」「伴大納言絵詞」などの筆者と伝称される。この色紙は平安末から鎌倉初期にかけての時期に、教長の書風が宮廷書壇に流行していたことを示す遺品として貴重である。

表具

 今回の作品はその書風だけではなく、表具にも注目してほしい。ことに、中廻(ちゅうまわし)にはカササギかと思われる美しい鳥が花の間を飛翔(ひしょう)する様子を刺繡(ししゅう)した裂(きれ)を用いている。これは、江戸時代中期に関白・摂政を歴任し、太政大臣も務めた近衞家煕(1667~1736年)ゆかりの品である。家煕は諸芸に秀でており、ことに能書として知られ、上代の書についての造詣の深さでも注目されている。その家煕の侍医を務めた山科道安が家煕の言動などを筆録した『槐記(かいき)』の享保13(1728)年4月29日の条に、家煕が茶事の掛け物として「雅経ノ色紙」を用いた記録がある。

 「今の色紙より小ぶりであること、筆者は百人一首の歌人である参議雅経」とし、その釈文として「帰る山、なにか(近本作なにそ)はありて、あるかいは、きてもとまらぬ名にこそ有けれ」と記録している。そして何より、「御表具」として「一文字、白地の金ラン(襴)、中(中廻し)、カラヌイ(唐縫)、上下、金入ノドンス(緞子)」と説明を加えている。これは、後西院(1638~85年)好みの仕立てであり、院より拝領した品とも付け加えている。唐縫は 縒(よ)り糸で文様を刺繡すること。また、その刺繡したものであり、この作品と合致しており、この作品は近衞家伝来の品と明らかである。後に、この作品が献上されて皇室コレクションに加えられた。家煕は茶事や書だけでなく、書画の表具にも深い関心を持ち、予楽院表具と呼ばれる個性的な装丁でも知られるが、こうした後西院好みの表具などの影響を受けたものであろう。

 この和歌色紙は、皇居三の丸尚蔵館の「いきもの賞玩」に、生き物を表現した工芸品や絵画とともに9月1日まで展示される。古代から現代まで我々の生活する身の回りには、さまざまな生き物がいることから、それに焦点をあてた展示である。書に興味のある方は見逃しがちであるが、表具にも関心を持って作品とともに鑑賞してほしい。

2024年7月21日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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