国宝 屛風土代 小野道風筆1巻紙本墨書 平安時代延長6(928)年 縦22.6㌢全長434.5㌢(部分)国(皇居三の丸尚蔵館収蔵)

【書の楽しみ】柔らかく強く、道風の書法

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長・皇居三の丸尚蔵館長)

 わが国では、平安時代の初めには嵯峨天皇の勅命で『凌雲集』が撰集(せんしゅう)されるなど、奈良時代以降の中国文化の愛好が続いていた。書の世界も同様で、王朝貴族は東晋から初唐にかけての能書への強い憧れを抱いていた。

 三跡の一人である小野道風(894~966年)も同様で、書聖と呼ばれて中国でも日本でも尊崇された王羲之の書を手本とし、学書に励んだ。これは互いの遺墨の比較をしてみると、文字の造形が極めて近似していることから明らかで、〝羲之の生まれ変わり〟との評価も得ている。ところが、図版でご覧いただいても分かるように、豊潤で柔和な筆線が際立っている。中国文化一辺倒であった平安初期から一変するのが、道風の書の特徴の一つであり、最大の魅力といえよう。

 『源氏物語』絵合によれば、道風が清書した『宇津保物語』の絵巻の詞書(ことばがき)について「今めかしうをかしげに目も輝くまでみゆ」と評している。少し時代は下るが、紫式部は道風の書を現代的で興味深く、目を輝かせて鑑賞した様子を伝えている。造形的には共通するが、線質の違いによって、目新しさを感じたというのである。

 これは、文化の和風化という時代の風潮をうけ、さらに自らの創意を加味した結果の新しい書である。今回の「屛風(びょうぶ)土代」はその名前が示すように、屛風に貼り付ける色紙形(しきしがた)の下書きである。『日本紀略』に醍醐天皇の勅命があり、内裏の屛風の題詩を大江朝綱が作り、道風が書いたと記されている。道風の数え年35歳の筆跡である。柔軟な線と力強い線を巧みに書き分け、伸びやかな筆致による筆の冴(さ)えが見事である。滲(にじ)みや掠(かす)れの変化の妙も美しく、現代風であるとの評価もうなずける書法といえよう。「書斎独居」の詩文の2行目の「応」の右側には別の崩しを書き添えている。清書の時には懐を引き締めた字形としたのであろう。この前年に道風は「智証大師諡号勅書」(国宝・東京国立博物館蔵)を清書しているが、温和でゆったりとした着実な筆致である。同筆であるが、勅書ということで緊張感があったためか、別人のような表現とさえ見える。道風のような能書であっても、過度に緊張した場面では筆致が異なってくるのである。この「屛風土代」も、冒頭の書き出しは穏やかな筆致で推移しており、次第に筆の冴えが際立ってくる。音楽でもスポーツでも、ウオームアップが必要であるのは同じである。

 道風は和様の祖として尊重されるが、この和様は柔和であるだけでなく、筆管、すなわち筆の軸が少し右に傾く筆法となる。ただ、右に傾けて抵抗力なく筆を動かすと、だらっとした筆致になるのが通例。そこで筆の穂先にまで神経を集中しての執筆が必要になる。

 あらたに独立行政法人国立文化財機構の管轄となり、5番目の国立博物館となった皇居三の丸尚蔵館の開館記念展「皇室のみやび」の第1期「三の丸尚蔵館の国宝」(12月24日まで)に展示されている。

2023年11月19日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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