通切・筋切(国宝 手鑑「見ぬ世の友」所収) 1葉 彩箋墨書 平安時代・12世紀 20.6㌢×12.7㌢ 出光美術館蔵

【書の楽しみ】表裏の古筆切が並ぶ妙味

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長、九州国立博物館長)

 この断簡は、国宝の手鑑(てかがみ)に所収している一葉であるが、料紙は色鮮やかで美しい藍色の染め紙である。全面に金銀の砂子を撒(ま)いている。ただ、1行目の料紙はややトーンが暗いのに気付くであろう。加えて、篩(ふるい)のような網目の文様がある。篩は粉状のものを網の目を通して落とし選(え)り分け、通(とおし)は砂など粒状の固体が混雑しているものを選り分ける。この1行目の古筆切(こひつぎれ)は、仕上げた料紙に湿り気を加え、布などに挟んでその布目を表現する布目打ちと呼ばれる技法で仕上げられたものである。料紙の多様性が尊重され、一見するだけでは染織品を用いているようにも見える。その特徴から「通切」と呼ばれている。

 2行目から8行目の料紙には黒い線(筋)が見られる。これは歌合(うたあわせ)の清書用に用意された巻物の料紙の転用で、それを横転させて冊子として用いたもので「筋切」と呼ばれる。この黒い線は銀が酸化したものである。本来は、この二つの古筆切は料紙の表裏であるが、不思議な状態で伝存している。

 さて、この断簡は『古今和歌集』巻第17の874番「玉だれのこがめやいづらこよろぎの磯の浪わけ沖にいでにけり」の詞書(ことばがき)「(寛平御時うへのさぶらひに侍りけるをのこど)も、かめをもたせて后宮の御方/におほみき(大御酒)おろしきこえに/たてまつれければ、蔵人とも/わ(小さく加筆)らひてかめを御前にもてい/でゝともかくもいはずなりに/ければ、つかひのかへりきてさ/なむありつるといひければ、蔵人/のなかに読て送ける」である。これに続いて、歌人の藤原敏行の名前が書かれていたと思われる。

 おそらく、元の冊子を解体して掛幅(かけふく)、あるいは手鑑に貼付(ちょうふ)する際、歌人名は次のページの和歌に連続させた方が収まりが良いので、切り取られたのであろう。その際、この断簡が通常より細長くなるので、前ページの1行をこれに加えたものであろう。結果的に、「通切」と「筋切」という表裏の古筆切を一度に鑑賞できる稀有(けう)な1葉となった。古筆切の伝世の不思議さと所有者や表具をする人のセンスをうかがうことができる貴重な断簡である。

 何より、繊細で優美な筆遣いで気品があるのがこの筆者の魅力である。加えて、筆線の太細を巧みに書き分け、変化の妙とバランスが美しい。また、3行目の「蔵人」、4行目の「御前」などの漢字と美しく調和させるため、変体仮名を多用している。そのページごとに特徴ある書風を展開している。本来の冊子本の時も、ページを捲(めく)るごとにその筆者の能書ぶりをうかがうことができたものである。現在の漢字仮名交じり文の作品を考える場合に、漢字よりに作品を仕上げる一つの参考となるであろう。

 この筆者は『元永本古今和歌集』(東京国立博物館蔵)、『巻子本古今和歌集序』(大倉集古館蔵)、『西本願寺本三十六人家集』の「貫之集上」(西本願寺蔵)など多くの遺品を残しており、当時、屈指の能書で、三跡の一人として著名な藤原行成の曽孫にあたる定実(活躍期、1077~1119年)である。

2023年1月17日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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