国宝「古今和歌集(元永本) 2帖」 21・1㌢×15・5㌢ 平安時代 12世紀 東京国立博物館蔵 出典:ColBase

【書の楽しみ】散らし書きと料紙との調和=島谷弘幸

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長・九州国立博物館長)

 『古今和歌集』については言うまでもないが、最初の勅撰(ちょくせん)和歌集として10世紀の初めに撰集された。『枕草子』で、これを暗唱することが当時の貴族にとって教養の一つとみなされたことを伝えている。『源氏物語』ほかの文学作品にも多くの影響を与えており、和歌を詠じるための手本に留(とど)まらず、文化の和風化にも寄与している。このため、単なるテキストとしてだけではなく、身の回りにおいて鑑賞する善美を尽くした調度手本として筆跡の巧みな人によって数多く書写され、宮廷の儀式や行事、お祝い事での贈答品として珍重された

 「元永本古今和歌集」もその一つである。紐(ひも)で綴(と)じた上下2帖(じょう)の冊子は原装のままで、『古今和歌集』の現存最古の完本である。大半が1㌻7行で、和歌1首が2行のスタイルで書写される。

 「元永本古今和歌集」には多くの見どころがあるが、今回は散らし書きの妙に注目したい。上下巻とも後半になると、和歌は3行の部分もあり、何カ所かは図版のように散らし書きされる。平安末期の書論書『才葉抄』の中に「料紙書余りて、不書して帰すは、手書の恥辱也」と述べられる。この図版の箇所は、当時の能書の人が執筆に際して、共通の認識を持っていたことを裏付けている。

 この部分は、『古今和歌集』巻8に所収される僧正遍照(へんじょう)の和歌である。右のページに「桜の木のもとにて」の詞書(ことばがき)に続けて歌人「遍照」を中ほどに書き、「山風に桜吹蒔乱南/花のまぎれに/たちどまるべく」の和歌を3行の散らし書きで執筆している。左ページの行末にある歌人名「意有(いう)せん」は、遍照とその時一緒にいたと思われる幽仙(ゆうせん)法師である。続けて、「ことならば/きみとまるべく/にほはなむ/かへすは花のうきにや/はあらぬ」を散らし書きに表現している。上巻の末尾にかかり、通常に書写していると料紙が余ることを察知し、ゆったりとした余白を持つ空間を現出し、冊子の中に、変化の妙を見せている。

 右ページは散らし書きとしてはシンプルに見えるが、和歌の1行目は万葉仮名を駆使し、行頭の「花」「た」そして左ページの歌人名を左下がりに墨量を多めにすることで、紙面の空間をはっきりと分断している。幽仙法師の和歌では、初句と2句の行頭をずらし、行間を狭く取ることで一つのグループとしている。3句、4句の行頭、行間をたっぷりとり、空間の変化とグループ間のバランスを見事に表現している。また、2句目が「花」「た」「意」の延長線上から下がらないように配慮する。こうした細やかな表現の工夫によって、この左右のページでの全体の調和を完成させている。今日、三跡の一人である藤原行成から数えて4代目となる定実と推定される筆者の巧みな技量と空間感覚を見ることができる。

 また、二重花菱(はなびし)の華麗な唐紙の料紙との調和、合わせて「山風によって桜が嵐のように散り乱れて貴方(あなた)が此処(ここ)に留まってほしい」という歌意とともに鑑賞すると、興味はいっそう募るであろう。

2021年7月18日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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