国宝「古今和歌集序(巻子本) 1巻」 22・7㌢×655・0㌢(部分) 平安時代 大倉集古館蔵

【書の楽しみ】
華麗な料紙に奏でる筆跡=島谷弘幸

文:島谷弘幸(国立文化財機構理事長・九州国立博物館長)

 作品のタイトルから明らかなように『古今和歌集』の序を1巻に書写した巻物である。もとは、『古今和歌集』全20巻にこの序を加えた21巻本として調製されたと考えられる。

 まずは、美しい料紙に目が奪われるのは、当然のことであろう。これは書や絵画を書くための紙として、作品をより華麗に、そして豪華に見せるために工夫が重ねられた結果に到達した工芸作品といってもよい。誰しも子供の頃に彫刻刀を用いて板を彫った経験を持っているであろうが、古代においてその技術を追求した結果、このような美麗なものが出来上がったのである。先年、この作品は修理され、竹の繊維を漉(す)き上げた紙であることが明らかにされた。

 「唐(から)のかみはもろくて、朝ゆふの御手ならしにも、いかゞとて、……」(『源氏物語』の「鈴虫」)という一節がある。この「唐のかみ」というのは、中国製の紙という意味である。この紙は竹を細かく砕いて用いて漉き上げられ、竹の産地であった蜀の地方で作られたと考えられている。日本製の紙が楮(こうぞ)などの樹皮の長い繊維から作られたものと異なり、脆弱(ぜいじゃく)だったことを『源氏物語』は指摘している。これに強度と円滑さを加えるために表面に貝殻を細かく潰した胡粉(ごふん)などを塗抹して補強した。型文様を彫った版木に膠(にかわ)で溶いた雲母を塗った上に、この紙を置いて馬楝(ばれん)で摺(す)り出したものである。

 ところで、平安時代の宮廷では婚儀や昇進などの慶事に、心を尽くした贈り物をするのが通例であった。その贈り物の筆頭として尊重されたのが鑑賞用の〝手本〟で、図版で紹介している作品がこれに該当する。料紙や装丁など、さまざまに工夫が凝らされるが、その最も尊重されたのが筆跡であった。まさしく、この「巻子本古今和歌集序」の筆者は当代屈指の能書で、「西本願寺本三十六人集」の「人麻呂集(室町切)」「貫之集上」「元永本古今和歌集」ほかの名筆を残している。これらには署名を伴う作品が無いが、今日の研究で世尊寺家の第四代定実(活躍期、1077~1120)の筆と明らかにされ、図版の作品は12世紀初頭の書写と推定されている。

 この1巻すべてを一人で書き上げている。図版の左右に僅かに見えるように色目が濃いもの、淡いものなどの華麗な料紙に、文字から文字へと繫(つな)ぐ美しい筆の線を紡ぎだしている。料紙に応じて大ぶりで太細のメリハリがある書風や文字の懐がやや狭く引き締まった感じに見える優美な書風など、まるで音楽のメロディーを奏でるかのように巧みに書き分けている。この表現の多彩さ、料紙との調和が定実の真骨頂であろう。

 この図版の料紙は26紙目にあたるが、このほか19紙目にも同じ料紙が使用される。じつは、宮内庁三の丸尚蔵館蔵の11世紀半ばに書写された「粘葉(でっちょう)本和漢朗詠集」にも同じ版木の料紙が確認された。半世紀を跨(また)ぐ二つの調度手本に同一の料紙が用いられているのは、如何(いか)に唐紙が珍重され、大切に保存されたかを偲(しの)ぶことができよう。

2021年6月20日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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