洋服店や宝石店が軒を連ねる東京・銀座1丁目で「奥野ビル」(旧銀座アパートメント)は街の移ろいを見守り続けてきた。
関東大震災後の住宅難だった1932(昭和7)年、災害に強い鉄筋コンクリート造りの集合住宅として本館が完成。東京・九段会館(旧軍人会館)を手掛けた建築家の川元良一が設計した。34年、隣地に内廊下でつながる新館が建てられた。昭和30年代に7階が増築され、今の姿となった。
民間の住居では珍しかった手動開閉式エレベーターは現役。各部屋に電話線を引き、地下には浴場を設けるなど、高級住宅として人気だった。入居者らが「わだち」と呼ぶ、歩くことで擦り減った廊下の跡は、約90年にわたる人々の営みを感じさせる。
約70部屋には現在、ギャラリーやアンティーク店などが入る。戦前から昭和60年代まで営業した「スダ美容室」があった306号室は有志が保存し、丸い鏡や赤い床もそのまま。ある店主は「きらびやかな印象のある銀座で、懐かしさを感じる不思議な場所」と語った。
2023年1月15日 毎日新聞・日曜くらぶ 掲載