「冷蔵庫/ICE BOX」=高橋咲子撮影

 潮田登久子(うしおだとくこ)(1940年生まれ)の写真には、みずみずしさがある。長いキャリアがあり、時間を感じさせる古びたものを撮ることも多いのに、なぜだろう。

 展示は、家庭の冷蔵庫を撮影したシリーズ=写真上=の巨大なプリントで始まる。この冷蔵庫には、よつ葉牛乳が3パックも入っている(しかもバラバラの場所に)。冷蔵庫の上では「普洱(ぷーあーる)茶」や「鉄観音」のラベルを貼った大きな缶や、セイロンティーが存在感を誇っていて、ついこの家の楽しいお茶の時間を想像してしまう。写真は、冷蔵庫の扉を閉じたとき、開けたときの2点1組。すまし顔の冷蔵庫も、扉を開ければにぎやかに家庭の事情を語り出す。

 隣には作風からすれば少し意外な、初個展(76年)時のプリントが並ぶ。新宿や浅草で若い人たちを撮ったスナップだ。しかし「カメラを武器にしているような気持ちになって」(展覧会冊子)、街で人を撮ることから離れてしまう。

 以降撮影してきた、みすず書房の旧社屋や恩師・大辻清司のアトリエ、現在まで続く本のシリーズも展示される。写真家の鬼海弘雄は、潮田の写真に表れる、物や場所が経た時間、それにまつわる人の営みを「付喪神」に例えているが、ほの暗い会場でモノクロのプリントが「付喪神」のたたずまいを静かに描き出す。

「マイハズバンド」よりⒸTokuko Ushioda, Courtesy PGI

 間借りしていた古い洋館で撮影したシリーズ「マイハズバンド」では、83年の1枚に目が留まった。縁側には夫と娘らしき姿があるが、焦点は家族ではなく、手前のテーブルに置かれたグラスに当たっている。そして、さらに手前で写真家は、黙って目の前の光景を見つめているのだろう。

 この対象との独特の間合いは、カメラを「武器にしている」と心苦しく思った初期から変わらないように思える。それが人ではなく物であっても、同じだ。写真が時間の厚みと清新さを同時に持つ理由は、ここにあるのかもしれない。横浜市民ギャラリーあざみ野で26日まで。

2023年2月22日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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