【目は語る】11月「永遠の都ローマ展」 東京都美術館 「憧れの街」をなす歴史

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ=東大名誉教授、美術評論家)

西洋美術

 「羅馬(ローマ)に往(ゆ)きしことある人はピアッツァ・バルベリーニを知りたるべし。こは貝殻持てるトリイトンの神の像に造り倣(な)したる美しき噴井(ふんせい)ある、大なる広こうぢの名なり」

 森鷗外の名訳によって知られるアンデルセン作『即興詩人』の冒頭部分である。

 この鷗外訳『即興詩人』(1902年)は、明治末年から大正、昭和前期にかけての一大ベストセラー作品で、西洋文明に憧れた日本の若者たちは、皆この本を手にして永遠の都ローマを目指した。即興詩人の足跡はローマからヴェネチアへ、さらにフィレンツェへと続くが、最も詳しく語られているのは、やはりローマである。

ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ「聖女カエキリア」 1640~47年ごろ カピトリーノ美術館 絵画館蔵
ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ「聖女カエキリア」 1640~47年ごろ カピトリーノ美術館 絵画館蔵

 ピアッツァは現在の旅行案内などでは「広場」と訳されているが、鷗外が「広小路」と訳しているように、交通路の出合う場所である。ピアッツァに立って道路の先を眺めると、遠くに燦然(さんぜん)と輝くオベリスクが見える。そこにたどり着くと、また新しいオベリスクが目にはいる。つまりオベリスクは道(みち)標(しるべ)であって、それを目印にしてヴァティカン宮まで自然に導かれるわけである。祝祭日に大勢の信者が集まるサン・ピエトロ大聖堂の裏手にも、もちろんオベリスクが屹立(きつりつ)している。

 もともとローマの町は、周囲を丘で囲まれた盆地のような場所で発展した。ルネサンス時代に、ミケランジェロがその丘のひとつを整備してカピトリーノ広場を造り、まわりにいくつかの建造物を配置した。その建物のひとつが現在ではカピトリーノ美術館となり、古代の遺物をはじめ、歴代の教皇やローマの名家からもたらされた絵画、彫刻、デッサン、版画などを有する国際的にも名高い施設として整備された。

 現在、東京・上野公園内の東京都美術館において開催されている「永遠の都ローマ展」は、カピトリーノ美術館の所蔵品を中心に、他の博物館や個人所蔵家の作品も加えて、ローマ帝国の物語から古代、中世、近代までにいたる歴史と文化を紹介する見ごたえ十分な企画展である(12月10日まで。次いで2024年1月5日より、福岡市美術館に巡回)。

 展示内容構成は、第1章「ローマ建国神話の創造」から始まって、第2章「古代ローマ帝国の栄光」、第3章「美術館の誕生からミケランジェロによる広場構想」、第4章「絵画館コレクション」、第5章「芸術の都ローマへの憧れ―空想と現実のあわい」という全5章と、特集展示に配分され、多様な作品をたくみにまとめている。

「カピトリーノのヴィーナス」 2世紀 カピトリーノ美術館蔵
「カピトリーノのヴィーナス」 2世紀 カピトリーノ美術館蔵 いずれもⒸRoma, Sovrintendenza Capitolina ai Beni Culturali / Archivio Fotografico dei Musei Capitolini

 特に注目すべき名品としては、まず名高い「カピトリーノのヴィーナス」(東京会場のみ)を挙げるべきであろう。これはプラクシテレスによって確立された理想的裸婦像を受け継ぐものである。もともときわめて現実感覚の強い古代ローマ人が生み出したカエサルをはじめ、トラヤヌス帝、ハドリアヌス帝、カラカラ帝などの歴代皇帝像や圧倒的存在感を持つ女性肖像群は圧巻と言ってよいであろう。

 絵画の分野では「キリストの鞭(むち)打ち」のティントレット、「洗礼者聖ヨハネ」のカラヴァッジョ(福岡会場のみ)、「聖母子と天使たち」のピエトロ・ダ・コルトーナ、「狩人としての女神ディアナ」のカヴァリエル・ダルピーノ、「聖女カエキリア」のフランチェスコ・ロマネッリ、「聖家族」のカルロ・マラッティなどバロック期の代表的作品が見逃せない。イッポリート・カッフィのフォロ・ロマーノの風景も含めて、永遠の都ローマの魅力をたっぷり味わわせてくれる催しである。

2023年11月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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