ジャン=オノレ・フラゴナール「かんぬき」1777~78年ごろ パリ、ルーヴル美術館蔵 Photo Ⓒ RMN−Grand Palais(musée du Louvre)/Michel Urtado/distributed by AMF−DNPartcom

【目は語る】4月国立新美術館 ルーヴル美術館展愛を描く 生きるよろこび表現

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ=大原美術館館長、美術評論家)

西洋美術

 現在東京都港区六本木の国立新美術館において、「ルーヴル美術館展 愛を描く」と題する、艶麗豪華な展覧会が開催されている(6月12日まで)。ルーヴル美術館の膨大なコレクションのなかから、特に18世紀、ロココ趣味の時代を中心に愛の種々相に焦点を絞った、文字通り華やかな企画展である。

 もともと美術館というものが登場したのが、まさに18世紀の半ばごろである。啓蒙(けいもう)時代と呼ばれたこの時代、西欧社会では人間の知識の集大成が試みられた。フランスのダランベールやディドロが企てた『百科全書』の編集刊行がその最も目覚ましい例である。今日まで続くイギリスの『ブリタニカ百科事典』の初版(3巻)が生まれたのも、18世紀後半のことである。

 百科全書や百科事典に集約される人類の知的探求の成果を、実際の事物によってまとめて示そうとして生まれてきたのが博物館である。その最も早い例のひとつが、ロンドンにある大英博物館で、ちょうど18世紀中ごろに設立された。しかし、探求成果の集大成といっても、現実にはすべてのものを一堂に集めるわけにはいかない。そこで自然界の事物のうち、動物をまとめた動物園や植物園、水族館などが生まれた。つまり植物園は、博物館のなかで植物に特化した博物館である。

 同様に、人間の美的生産物に特化した博物館が美術館にほかならない。ルーヴル美術館が時にルーヴル博物館と呼ばれるのは、そのためである(フランス語では、博物館、美術館の区別はない)。

 そのルーヴル美術館が設立されたのは、フランス革命の最中、1793年のことである。革命によって「近代国家」に生まれ変わったフランスに生きたある貴族は、革命以前のいわゆる「旧体制」の時代を生きたことがない者は、真の「生きるよろこび」を知らないと述懐しているが、今回の展覧会は、愛をめぐるさまざまの「生きるよろこび」を描き出した造形表現として、注目に値する。

フランソワ・ジェラール「アモルとプシュケ」、または「アモルの最初のキスを受けるプシュケ」1798年 パリ、ルーヴル美術館蔵 Photo Ⓒ RMN−Grand Palais(musée du Louvre)/Tony Querrec/distributed by AMF−DNPartcom

 例えば、フランソワ・ジェラールの「アモルとプシュケ」または、「アモルの最初のキスを受けるプシュケ」。古代説話における愛の神アモール(キューピッド)とプシュケの物語を描き出した傑作である。人間の娘であるプシュケには、愛の神アモールの姿はまだ見えないが、その美しい陶酔したような表情には、深い思いをこめた愛の姿をまざまざと見ることができよう。

 このプシュケの愛の物語は、その後も多くの画家によって取り上げられたが、ロココの時代は、後の19世紀の写実的風俗作品も生み出した。ジャン=オノレ・フラゴナールの「かんぬき」はロココの代表的なものである。場面は今さら説明するまでもなく、どういう状況か見ればすぐわかる。いつの時代にもありそうな男女の愛の戯れを、きわめて洗練された色彩の妙と巧みな構成によって再現してみせたところに、忘れがたい印象を残す。それ以外にも、立ち去りがたく思わせる多くの秀作をそろえたこの展覧会は、今年の収穫のひとつと言ってよいであろう。

2023年4月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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