国宝「絵因果経」奈良時代(8世紀)、東京芸術大学蔵

【目は語る】10月
「日本美術をひも解く」展
なお続く保全、継承の仕事

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ)(大原美術館館長、美術評論家)

日本美術

 去る8月から9月にかけて、東京・上野公園内の東京芸術大学大学美術館において、「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」と題する展覧会が開かれた。これは、日本の美術作品の美を守り、伝えるために立ち上げられた「紡ぐプロジェクト」の一環で、展覧会はすでに終了したが、作品の保全、継承の仕事は、今なお続けられている。ただし、今回の展覧会出品作はこのプロジェクトの成果ではなく、それ以前から多年にわたって行われた修復作業によってよみがえったものである。

 例えば、国宝にも指定された長大な絵巻「春日権現験記絵」(14世紀初頭、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)全20巻。全巻宮廷の工房、絵所の絵師、高階隆兼の手になるもので、濃彩、緻密な描写を重ねたその表現は、文字通り息をのむ見事な出来栄えを見せる。しかし、長い歳月のあいだに、随所に破損が生じていた。そのため、多年にわたり慎重な修復作業が実施されて、当初の姿がよみがえったのである。

 同様に、奈良時代(8世紀)の「絵因果経」や、13世紀の「蒙古襲来絵詞」(三の丸尚蔵館蔵)=いずれも国宝=も見逃せない。釈迦の前世の物語(ジャータカ)と現世の事績を、絵巻物形式の画面の上段に絵画、下段に経典の文章を配して表現した「絵因果経」(「絵過去現在因果経」)は『正倉院文書』にも登場する名品で、現在は東京芸術大学や岡山県倉敷市の大原美術館などに分蔵されているが、今回の展覧会では東京芸術大学本が出展されていた。

 また、乾燥して蛇のように曲がりくねった2本の西瓜(すいか)の皮がつり下げられている下に、みずみずしい西瓜の断面を薄い和紙で覆い、重量感のある包丁でおさえるという卓抜な構成を見せる北斎の「西瓜図」(三の丸尚蔵館蔵)は、画家北斎の優れた技量を見せる好例である。この不思議なモチーフは、七夕祭のもととなった宮中の乞巧奠(きこうでん)の行事を暗示しているという。時に北斎80歳、老境にはいってなお尽きることのない旺盛な創造力をよく示す画狂老人の見事な逸品である。

 近年とみに人気の高い伊藤若冲の『動植綵絵』(国宝、三の丸尚蔵館蔵)からは、「紫陽花双鶏図」など10点が出品されていた。顔料と染料系絵の具に加えて裏彩色の技法を駆使したその生気あふれるみずみずしい表現は、何度見ても見飽きることのない新鮮な輝きを保っている。

 明治期以降の近代美術に関しては、伝統的な木彫、牙彫(げちょう)(象牙を材料とした彫刻)の精緻な置物や、新しい釉薬(ゆうやく)の開発や七宝技法を使いこなして仕立てた花器などで欧米の愛好者を熱狂させた工芸作品が特筆に値するであろう。

安藤緑山作の柿置物=東京芸術大学大学美術館で、高橋咲子撮影

 例えば、高村光雲の代表作のひとつで、光雲が帝室技芸員に任命される契機となった木彫の「矮鶏(ちゃぼ)置物」、本物と見間違えるほどの柿の実や虫食いの葉、枝の切り口などに超絶技巧を発揮してみせた安藤緑山の牙彫作品「柿置物」、1900年のパリ万国博覧会出品の並河靖之の「七宝四季花鳥図花瓶」、自ら発明した葆光釉(ほこうゆう)を用いて花瓶の3面に松竹梅を描き出した板谷波山の「葆光彩磁花鳥図花瓶」などがその例である(いずれも三の丸尚蔵館蔵)。全体として「皇室、美の玉手箱」という副題にふさわしい豊麗な展覧会であった。

2022年10月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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