カンバス=ル・コルビュジエ「牡牛XVIII」1959年 グアッシュ、大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

【目は語る】6月 「調和にむかって」展 芸術の創造者ル・コルビュジエ

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ)(大原美術館館長、美術評論家)

 先ごろリニューアルオープンした東京・上野公園内の国立西洋美術館において、再開の機会にあわせて、小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ―大成建設コレクションより」(9月19日まで)が開催されている。

 改めて指摘するまでもなく、ル・コルビュジエ、本名シャルル・エドワール・ジャンヌレ(1887~1965年)は、国立西洋美術館の設計者である。ユネスコの世界文化遺産にも指定されたこの建築作品は、彼の長い創造活動の経歴においては「第二次マシン・エイジ」の美学の表現と位置づけることができる。
 彼の「第一次マシン・エイジ」の活動は、1925年、パリで現代産業装飾芸術国際博覧会、いわゆる「アール・デコ」装飾が人気を集めていた時代にさかのぼる。ル・コルビュジエは、装飾芸術全盛のこの博覧会に、装飾性を否定して、部材の規格化によって工業生産を可能ならしめる規格品による住宅モデル「エスプリ・ヌーヴォー館」を出品した。「住宅は住むための機械」というキャッチフレーズで知られる「第一次マシン・エイジ」である。

 驚くべきことは、ル・コルビュジエ自身も参画した「建築=機械」の見本のような米ニューヨークの国連本部ビルの「モダニズム建築」の完成(52年)から10年とたたないうちに、「ポスト・モダニズム」を予告するような国立西洋美術館が実現したことである。

 博覧会出品作品とは違って実際の美術館建築では、さまざまな具体的条件が要請される。作品の展示・鑑賞のための空間、それも照明・温湿度に配慮した空間の設定と多くの観客の動線の指定、盗難や火災から作品・観客を守る視点や非常口の確保、そして何よりも地震や台風などの自然の暴威に対抗する堅牢(けんろう)な構築性、安全性が要求される。国立西洋美術館は、時に相互に矛盾するような多様な現実的要請に見事な解答を与えた離れ業的建築作品と言ってよい。それがル・コルビュジエの「第二次マシン・エイジ」にほかならない。

 この「第二次マシン・エイジ」は、同時に、創作者としてのル・コルビュジエに、「第一次」のマシン・エイジのみならず、マシン表現そのものの再検証を迫るものとなった。

カンバス=ル・コルビュジエ「イコン」1963年 彩色/木・スチール、大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

 

 今回の小企画展「調和にむかって」で紹介される「開いた手」を描いたデッサンや、「イコン」と題された彫像的形態は、構築物として実現することを前提としてはいない。「二人の浴女と平底漁船」にしても「牡牛XVIII」にしても同様で、それら作品は浴女や牡牛の表現のための下絵でもなければ、構想スケッチでもなく、対象の再現性や写実性とも無関係の、それ自体、形態と色彩が歌い上げる詩作品にほかならない。

 この「第二次マシン・エイジ」の時代に、ル・コルビュジエは、創作モチーフとして機械から離れ、骨や貝殻、鳥、牡牛、踊る女性などを研究し、取り上げている。そこから浮かび上がってくるのは、無機的機械ではなく、生命体としての動物や人間であり、それに基づいて自由な表現を発展させる詩人(=創造者)の姿である。ル・コルビュジエは、そこでは建築も含め、絵画、彫刻などの芸術の創造者にほかならないのである。

2022年6月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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