リニューアルされた国立西洋美術館 Ⓒ国立西洋美術館

【目は語る】5月国立西洋美術館リニューアル散策を楽しむ建築

文:高階秀爾(たかしな・しゅうじ=大原美術館館長、美術評論家)

西洋美術

 2020年10月から全面休館していた東京・上野公園内の国立西洋美術館が、このたびほぼ1年半ぶりに、リニューアルオープンされた。

 リニューアルによる大きな変化は、ユネスコの世界文化遺産に指定された美術館本体へのアプローチを、ル・コルビュジエの設計意図を再現するように復元したことである。

 もともとル・コルビュジエは、立ち止まって建築を眺める場ではなく、人びとが歩き、動きまわる空間として「建築的プロムナード(散策路)」を構想提唱していた。西洋美術館の前庭は、まさしくその「建築的プロムナード」の場にほかならない。実際、ル・コルビュジエの当初の設計図では、正方形をふたつ並べたオープンスペースが設定され、一方に美術館本体、他方に現在の前庭部分にあたる空間が描かれていた。今回のリニューアル工事は、ル・コルビュジエのその基本構想を可能なかぎり実現するようなかたちで行われた。

 すなわち、開放的な西側の門から「地獄の門」へ向かって一直線に伸びるアプローチを「建築的プロムナード」として、「カレーの市民」や「考える人」を鑑賞しながら進んで行くと、やがてその先は低く長い壁に遮られ、「建築的プロムナード」は直角に左に折れて美術館へと方向を変える。この方向転換へ無理なく人を誘導するために、人体の寸法と黄金比をもとに考案した尺度「モデュロール」に従って割りつけられた床の目地も、この部分では特に目立つように敷かれている。巧みな空間構成と言うべきであろう。

「詩篇集零葉」 カマルドル会士シモーネによる彩飾 イタリア、フィレンツェ 1380年頃 彩色、金、インク/獣皮紙 内藤コレクション(長沼基金) ※29日まで展示予定

 美術館のなかに入っても、「散策」はまだ終わらない。

 美術館本館の中心部には、天井まで吹き抜けの大空間が設けられ、天井部分に開けられた明かりとりの窓からやわらかな自然光が注ぎこむ。ル・コルビュジエによって「19世紀ホール」と名づけられたこの空間が本来美術館展示室の起点で、その入り口で入館料を支払う仕組みになっていた。

 今回のリニューアル工事では、「19世紀ホール」をも無料の「散策路」のなかに組み込み、ミュージアムショップやレストランとそのままつながるように改変された。つまり観客は、ショップで絵はがきや土産品を買ったり、レストランでひと休みしたりしながら、散策を楽しむことができるようになったのである。作品鑑賞を目ざす場合には、「19世紀ホール」の一隅に設けられた改札所で入館券を見せて2階の展示場へと向かう。もちろん、いったん入館料を払えば、出入りは自由で、鑑賞の途中でレストランで休憩したり、散策を楽しんだりすることができる。美術館のあり方とは、本来そのようなものであるのかもしれない。

 所蔵作品については、西洋美術館開設に先立ってフランスから寄贈返還されたいわゆる「松方コレクション」を母胎として、その後、購入、寄贈、管理替え等によって、内容を増やしてきた。この収集活動は、リニューアル工事期間中も続けられた。

 そのなかで特に、さる篤志家から西洋中世写本美術(ミニアチュア)の逸品が寄贈されたことは見逃せない。それによって、美術館は、中世から現代までの歴史を辿たどる文字通りの西洋美術の殿堂となったからである。

2022年5月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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