「ソフトパワーとしての土:戦後のアメリカと日本の信楽焼」展=米国ミシガン大学美術館提供
「ソフトパワーとしての土:戦後のアメリカと日本の信楽焼」展=米国ミシガン大学美術館提供

【KOGEI!】
焼締陶のしなやかな力

文:外舘和子(とだて・かずこ=多摩美術大学教授)

陶芸

 この3月、日本美術を数多く収蔵する米国ミシガン大学美術館を訪れた。筆者も図録に寄稿した「ソフトパワーとしての土:戦後のアメリカと日本の信楽焼」展(7日まで)には、中世信楽焼の大(おお)壺(つぼ)や焼締陶(やきしめとう)に影響を受けた日米の現代作家の作品など50点が並んだ。人工的な釉薬(ゆうやく)を使わない信楽焼や備前焼の渋い魅力は、わび・さびを理解する日本人ならではの価値のように思われがちである。実際、日本でもその美的価値が認められたのは、茶人が活躍する桃山時代が一つのピークである。

 しかし土味豊かで大らかな焼締陶は、戦後アメリカ人を魅了し、日米関係を緊密にした。冒頭の展示を企画した同館学芸員によれば、既に1950年代、デトロイトやニューヨークの美術館で日本の伝統的な陶芸の現代性を紹介する展覧会が行われたという。尽力した人物に、ミシガン大学のJ・M・プルーマー教授(東アジア美術)や実業家ジョン・D・ロックフェラーがいた。2人は、収集家、企業経営者、美術館関係者らと協力し、展覧会の実現や日本陶磁の収集に力を注いだ。米政府も日本との陶芸を通じた文化交流に協力的だった。戦後、特に80年代末までの冷戦期、焼締陶は日本人の素朴で実直なイメージをアメリカ人に伝える格好のものであり、日米関係をより良い方向に導くためにも有効なものとして展示や収集を支援したのである。焼締陶は戦前から鈴木大拙らにより米国に伝えられた禅の美意識とも符合するものであった。

 一方、日米の陶芸家は互いに行き来し、直接交流した。備前焼最初の人間国宝金重(かねしげ)陶陽もミシガン大学ほかアメリカ数カ所で実演し、アメリカ人女性陶芸家マリー・ウーの弟子入りを受け入れた。また、金重の実演を見たJ・スティーブンソンや、その妻スザンヌは、信楽の三代高橋楽斎の工房で数カ月間制作している。保守的なイメージのある薪窯(まきがま)焼成の焼締陶産地でアメリカ人女性が作陶したことは、日本の意欲ある女性たちを刺激し、備前や信楽で修業する日本人女性陶芸家の輩出を促した。現在も備前の近隣に定住し、同地で作陶するアメリカ人女性陶芸家もいる。

 さらに、アメリカ現代陶芸の巨匠P・ヴォーコスについて、彼の作風を、アメリカ抽象表現主義絵画の影響のみで説明することも多いが、実はアメリカで濱田庄司と交流し、また備前焼や信楽焼に触発されたことを生前語っている。彼は90年代に信楽「陶芸の森」のレジデンスで滞在制作もした。信楽は今日、国内外の作家が滞在制作する陶芸の国際交流の拠点となっている。

 冒頭の展覧会の「ソフトパワー」とは「(軍事などではなく)文化・芸術・学術活動の交流により国民の意識に働きかけること」。可塑性のある軟らかい土には、人間の精神性や美意識に訴えるまさに柔軟な力がある。ヴォーコスの作品は、日米両国の人々が共に感動し得る、土ならではの生き生きとしたダイナミズムに満ち、土はまた日米の女性陶芸家をも鼓舞するしなやかなパワーを備えているのである。

2023年5月14日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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