新型コロナウイルスの感染拡大によって、美術館をはじめとするミュージアムは感染予防と文化振興のはざまに揺れた。この間の入館者減に加え、燃料費の高騰でいまだ経営が厳しいなか、社会におけるミュージアムのあり方を再考し、前へ進もうとしている。

多摩美術大学理事長の青柳正規さん
多摩美術大学理事長の青柳正規さん

 「一時はどうなることか見通せず、不安でした」。2020年4月以降、2回にわたる全館休館を経験した金沢21世紀美術館(金沢市)の落合博晃広報課長は振り返る。「密」を避けるため、事前予約制を導入。館内に滞在できる上限を2000人とした。観光客の落ち込みもあり、20年度の入館者数は約87万人。最多を記録した18年度の3分の1だった。

 文部科学省が3年に1度、全国の社会教育施設を対象に行っている調査でもこの落ち込みは明らかだ。美術館にあたる「美術博物館」の入館者数は17年度の約3981万人から20年度には1704万人と57%も減少した。

 入館料収入も落ち込んだ。日本博物館協会が行ったアンケート調査によると、回答した全国151美術館の平均入館料収入は、19年には5544万円だったが20年には2583万円に半減している。同協会の半田昌之専務理事は「入館者数はインバウンドを含めてコロナ以前に戻りつつあるが、ロシアによるウクライナ侵攻以降、光熱費が高騰している。経営的に厳しい状況が続いているところは少なくない」と語る。

 コロナ禍で内省する時間を経て「いい美術館」の捉え方が変わってきたと語るのは、元文化庁長官で山梨県立美術館長、石川県立美術館長を務める青柳正規・多摩美術大学理事長だ。さまざまな制限のなかで「美術館を含む組織が、社会的にどのような機能を担い、期待されていたのか浮き彫りになった」と振り返る。

 ほとんどの県庁所在地には公立美術館があるが、パリ・ルーブル美術館やアムステルダム国立美術館のような「大美術館」とは異なる役割が重視されつつあるという。「地域に密着した美術館として、いかにコミュニティーに貢献するか、それぞれが考え始めている」と話す。

 コロナ下で見られた動向で目を引いたものとして青柳さんが挙げたのは、地域への関わりにもつながる「ウェルビーイング」という考えだ。健康で幸福に過ごすために誰でも文化芸術にアクセスし、楽しめるような環境づくりに注目が集まっている。「美術館と健康」という新しい視点で、障害のある人や高齢者を含む多様な人に向けてアプローチする動きも出てきた。青柳さんは昨年にあった国際シンポジウムを傍聴したといい、「美術館に来ない、来られない人のところに出かけていって積極的に働きかけていることに驚いた」と話す。

 半田さんも「入館者数の多寡のみによる評価は持続可能なあり方に寄与しない。地域の人がミュージアムがあることでいかに幸せや豊かさを感じるかを総合的に評価することが今後、重要になっていく」と語る。

 4年ぶりに行動制限のないゴールデンウイークが終わった。落合さんによると金沢21世紀美術館にもにぎわいが戻ったという。敷居が高いといわれてきた美術館だが、同館にはアートを気軽に楽しむ若い世代も目立つ。青柳さんは「若い学芸員を中心に、『ニューノーマル』時代の、美術館の可能性と役割をどんどん考えていってほしい」と期待する。

2023年5月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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