生前のクリストさんと話す、ヴラディミール・ヤヴァチェフさん(右)=Wolfgang Volz氏撮影

 記念碑的建造物を布で包む作品で知られる、現代美術家の故クリスト(1935~2020年)とジャンヌ=クロード(1935~2009年)夫妻。2人が60年に及ぶ創作活動で、私たちに差し出したものは何だったのだろう。東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで13日から始まる企画展を前に、クリストのおいで、クリスト・アンド・ジャンヌ=クロード財団ディレクターのヴラディミール・ヤヴァチェフさんに話を聞いた。

◇生きること全てをアートのために

 --ヴラディミールさんから見た2人は、どのような方だったでしょうか。

 クリストはとてもとてもエネルギッシュで、とてもとてもせわしない人でした。ただ真面目な話、2人を一言で説明するならば、生きること全てが作品を作るためにあった。全身全霊を注いでいました。また、名コンビでもありました。優しい役と厳しい役がいる取り調べのときの刑事みたいに、互いをぴったり補い合っていました。

 同時に、制作にあたってはプロジェクトがあまりにも大がかりだったので、さまざまな人との関わり合いが必要になりました。2人の名前が表に出ていますが、ずっと支えていた大きなチームがあったということです。そのなかで2人は、仕事を振り分け、任せることがとてもうまかった。その人が信頼できるかどうかや、情熱があるかどうかを見抜く目がありました。

 --13日からの企画展についてお尋ねします。展覧会では、パリで21年に行ったプロジェクト「包まれた凱旋(がいせん)門」が核になります。凱旋門を、2万5000平方メートルの布と、計3000メートルの赤いロープで包んだそうですね。1400万ユーロの費用はクリストさん側が負担したという、この作品について教えてください。

 61年に草案となるフォトモンタージュを制作したのが始まりですが、実現するとは思っていなかったようです。凱旋門は唯一無二の存在感をもつ「ザ記念建造物」ですが、パリで予定されていた展覧会をきっかけに、短期間のうちに話が進みました。(完成したときは)言葉になりませんでした。2人のプロジェクトは、進めるなかで何とも言えない高揚感や喜びをみんなが感じる性質のものなのです。また、入場券を買って足を運ぶ人だけが見るものではない点も重要です。うわさを聞きつけて来た人もいたし、たまたま通りかかった人もいたでしょう。2人は人々がアートについて語り合うことを大切にしていました。いくつもの意味をまとうこの場に対し、16日間と一時的ではあるけれど、小さなちょっかいをかけたと言えます。

 一方で、ほろ苦い気持ちもありました。クリストが去って初めて実現させたのがこの作品だったからです。同時に、矛盾するようですが、肉体的にはそこにいないけれど、私たちと共にいるという実感は強まる一方でした。

 --共に携わったチームを「ワーキングファミリー」と呼ぶそうですね。40、50年関わる人もいるとのことですが、なぜ多くの人が2人の元に集まってきたのでしょうか。

 プロジェクトに際しては、写真家、エンジニア、デザイナーなど多種多様な人や組織が関わり、おそろいのユニホームを身につけ、みんな本気の本気で取り組みます。それだけの人が情熱と経験と技能を集結させた結果、何が生まれるかというと、一つも役に立たないものです。そのために必死になるのです。美しく、何の役にも立たないものに力を注ぐ経験は一生に一度できるかできないか。2人の「やり遂げたい」という情熱とやる気が、人を引きつけてやまなかったのでしょう。

 --2人が活動を通して、人びとに差し出したものは何だったと思いますか。

 結局、2人がやってきたことは「Joy & Beauty」(喜びと美)に尽きる。そして理屈に合わないことを実現させている、そのすごみかと思う。もう一つ重要なのは、常に自由を追い求めていたこと。だから、スポンサーを付けず、自分たちで資金を全てまかなっていたのです。東京のみなさんにも2人がいつも自由を訴求し、具体化させていったことをくみとってほしい。そして忘れてはならないのが、21_21はジャンヌ=クロードが亡くなった直後の10年にも個展を開催していただいたゆかりのある場所だということ。今回個展が開催できるのも21_21のディレクターを務める(デザイナーの)三宅一生さんとクリストとの長年の友情があってのことだと強調したいと思います。

◇記者のひとこと
 ベルリンの連邦議会議事堂やパリのポンヌフ橋を布で覆ったり、米国のセントラルパークに布製の門を出現させたり。「美しく、役に立たないもの」を、自ら費用を捻出して作り上げてきたことが、どれだけ重要だったか。また、作る・見るという点で大勢の人との共同作業だったということも、非常に現代的意味を持つ。「Joy & Beauty」を確かに多くの人と分かち合ったのだと思う。ヴラディミールさんは現在「マスタバ、アラブ首長国連邦のプロジェクト」に取り組んでいて、実現すれば2人が夢想した最大かつ唯一の常設作品となるそうだ。

PROFILE:

ヴラディミール・ヤヴァチェフ(Vladimir Yavachev)さん

1973年、ブルガリア・ソフィア生まれ。クリスト夫妻の専属写真家のアシスタントから始まり、晩年以降はプロジェクトディレクターを務める。21_21 DESIGN SIGHT(03・3475・2121)の企画展「クリストとジャンヌ=クロード〝包まれた凱旋門〟」は来年2月12日まで開催。

2022年6月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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