【寄稿】
伊・仏のメンズウイークを見て
労働とAIのはざまで

文:増田海治郎(ますだ・かいじろう=ファッションジャーナリスト)

ファッション

 2024年春夏の海外メンズ・ファッションウイークが、イタリアのピッティ・イマージネ・ウオモ(フィレンツェ)、ミラノ、そしてパリの順で開催された。テーラードの復権、女性服のディテールを取り入れた性差のないインナー、縦に細長いシルエットなどがキーワードとして挙げられるが、もっとも印象的だったのが〝労働〟に焦点を当てた表現だった。

ワークウエアをほうふつさせるフェンディのルック=提供写真
ワークウエアをほうふつさせるフェンディのルック=提供写真

 ピッティのメインゲストデザイナーとして、22年秋に新設したフィレンツェ郊外の新工場で〝労働賛歌〟と形容したくなるショーを披露したのは「フェンディ」。ポケットがたくさんついたワークジャケットは、巻尺を首から下げるための通し穴まで装備した凝った仕様で、トンカチや定規を収納した本格的なワークベストもある。型崩れを防ぐしつけ糸をデザインとして全面に施したコートは、手作業で作られたことを声高に主張する。

 一方で、女性のハイレグ水着のカットを取り入れたポロシャツや、大胆に肌を露出するホルターネックのシャツなどジェンダーレスなアイテムも取り入れている。この一見アンバランスな要素を融合させるバランス感が抜群に今っぽい。フィナーレでは工場で働く職人たちが一堂に登場した。

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 パリで発表した日本の「サカイ」は、ドレスウエアとワークウエアを巧みに融合させた。襟がサテンになったジャケットは、ワークウエアのステッチやポケットを取り入れることでドレスダウン。ウールのピンストライプのワイドパンツは、出自はワークウエアだった5ポケットジーンズの前ポケットを模したダブルステッチとリベットで飾る。細部まで緻密に計算された異なる要素の融合、都会的なワークの表現は、パリの中でも際立って見える。

 フランスの中堅ブランド「エチュード」が選んだ会場は、パリ18区の猥雑(わいざつ)な地域にある駐車場の屋上。ストリート風のワークウエアやスポーツウエアに身を包んだモデルたちは、そのまま階下にたむろしている若者たちがランウエーを歩いているようなリアルさに満ちている。帰国後に写真を見直したら、警官による17歳の少年の射殺事件をきっかけにフランス各地で起こっている暴動の映像に映る若者たちの姿とも重なって見えた。

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モデルが電動立ち乗り二輪車で登場したダブレットのショー=提供写真
モデルが電動立ち乗り二輪車で登場したダブレットのショー=提供写真

 直接的なワークウエアの表現だけではなく、人類の労働を奪うことも懸念されるAI(人工知能)をテーマに据えたブランドもあった。日本の「ダブレット」のプレスリリースにはこう書かれている。「最近、私の噂(うわさ)話をよく耳にします。何故ですか? 私があなたの仕事を奪うのですか? 私が描いたものや作った曲は価値がないのですか? 私があなたの未来を脅かすのですか?」と。もちろん私とはAIのことだ。コレクションはダブレットの象徴的なアイテムをAIが無作為に集め、進化させたように見えた。シルバーの箔(はく)プリントのデニムもちびサイズのトップスもカオス刺しゅうのシャツも見覚えのあるものだが、これまでとは一味違うアレンジが施されている。モデルの人体に貼られたUSBポートやイヤホンジャックのシールは良い意味で不完全で、逆に人間味があるのが面白い。AIを使ってフィードバックを受けたりしながらコレクションを製作したというデザイナーの井野将之。でも実際に形になった服や靴は、職人とコミュニケーションを取りながら〝労働〟によって作り上げられたものだ。古きを大事にしつつ新しきを拒絶しない彼のスタンスを目の当たりにしてAIに対する不安感やアレルギーが少し薄れた気がしたのである。

2023年7月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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