漆黒のベルベットに極彩色で描かれているのは、恐ろしくて美しく、どこかおかしくもある世界。業を背負い、愚行を繰り返す人間たちの悲しみやむなしさを宿した瞳と相対すれば、見る者の心も無傷ではいられない。画家・谷原菜摘子さん(34)の描く絵は、不思議な力に満ちている。

画家の谷原菜摘子さんと「新竹取物語」のベルベットの作品=岡山県倉敷市で
画家の谷原菜摘子さんと「新竹取物語」のベルベットの作品=岡山県倉敷市で

 「新竹取物語」をテーマにした新作が、大原美術館(岡山県倉敷市)で公開中だ(9月24日まで)。「竹取」だが主人公はかぐや姫ではなく、異界からやってきた形を持たない存在。地球上の形あるもの全てを憎んだそれは、美しい王子の体を乗っ取って残虐の限りを尽くすと、再び消えていった――。そんな自作の物語を、6点の作品にした。

 同館のアーティスト・イン・レジデンス事業「ARKO」に選ばれ、今年4月から約3カ月、倉敷に滞在。リサーチの過程で知った「温羅(うら)伝説」から構想を広げた。伝承は桃太郎の原形ともいわれ、大和朝廷が派遣した吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼神・温羅を退治したという勧善懲悪の物語。しかし、強者が弱者を踏みつけるこの世界の現実を繰り返し描いてきた谷原さんは、勝者によって鬼にされてしまったかもしれない「温羅」という存在に強く心をひかれたという。

 紙3点とベルベット3点すべてに登場する黒々とした円が、物語の主人公だ。ベルベットの1作目「邂逅(かいこう)」で美しい王子の体を乗っ取った黒い円は、続く「栄華の時」で、王子らを山の上に追いやった者たちに報復する。3作目の「黄昏(たそがれ)」では、全てを破壊し尽くすという目的を達した王子が、何とも形容しがたい表情でこちらを見つめている。

 今回、作品と併せて公開したテキスト「新竹取物語 序」では、主人公が「強くて形が綺麗(きれい)なもの」から壊そうと決意するシーンがある。「マジョリティーが正義なのか。少数派というだけで悪なのか。頂点に君臨する者のおごりを潰してやりたいという反逆です」。抑圧された者たちにまなざしが向くのは、中学で受けた凄絶(せいぜつ)ないじめ体験が原点にあるからだという。

 京都市立芸術大在学中、試行錯誤の末にベルベットに出会った。光を吸収する黒に、絵の具だけでなくグリッターやラインストーンなども駆使して、きらびやかに、そして細密に描く。唯一無二の世界は高い評価を受け、数々の賞を受賞。自作の物語をもとにあり得ない世界を描くからこそこだわるのが、「葉っぱ一枚からある」という実在のモデルだ。今回も王子は自らが、「栄華の時」の死体は大原美術館の学芸員が務め、華やかな着物は実家が呉服屋の母親が調達。岩や竹や虫はリサーチ中に撮影した。「黄昏」の王子の表情などは、自分で王子になり切り、100枚以上写真を撮ったという。

 描くことが大好きで、1日最長14時間アトリエにこもった3カ月を「血湧き肉躍る時間だった」と振り返る。それでも「岩と竹はしばらく描きたくない」と思うほど出し切った。「次は都市とメカを描こうかな」

2023年8月13日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

シェアする