彫刻家・北川太郎さんの「時空ピラミッド」シリーズを触る広瀬浩二郎さん=滋賀県近江八幡市で、山田夢留撮影

 ミュージアムは「見学」する場所である――。そんな常識を揺さぶる展覧会が、滋賀県近江八幡市の「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」で開かれている(17日まで)。題して「触の祭典『ユニバーサル・ミュージアム さわる!めぐる物語』」。誰もが触って楽しめるアート展は、視覚偏重の現代社会に生きる我々に何を問いかけるのか。監修した広瀬浩二郎・国立民族学博物館(民博)教授に聞いた。

 ◇多様な人がやりがい持ち働ける場にも

 ――一口に触る作品といっても彫刻や絵画、インスタレーションなど多彩ですね。会場が暗いのはなぜですか。

 見える人は、パッと見て「わかった。次行こう」となってしまうので、なるべく視覚を制限したくて照明を落としています。触って楽しい作品をそろえた自信はあるんですが、特に大人は意外と触ってくれない。だから「触るモード」に入ってもらう仕掛けも、いくつかしています。

 ――「耳なし芳一」の木彫作品「てざわりの旅」が印象的でした。

 和尚が書いた経文のおかげで芳一は怨霊(おんりょう)の世界に連れて行かれずに済んだという怪談ですが、僕の捉え方は違います。芳一は、目には見えない霊と自由に交流する能力を持っていたのに、和尚がその能力を封印してしまった。より多く、より速く、と効率ばかりを追い求めてきた近代以降の人間も、本来の能力を封印されていると僕は感じています。芳一像は、人間本来の能力を取り戻して、一緒に「触る」旅に出ましょう、というメッセージでもあるんです。

「てざわりの旅」わたる(石川智弥+古屋祥子)2021年

 ――我々はどんな能力を封印されているんでしょう。

 白杖(はくじょう)一本で外を歩く時、僕は全身の感覚を総動員します。音はもちろん、足の裏の感触、風の流れ、におい……。一方、視覚は多くの情報を速く処理できて便利な分、他の感覚を使わなくなる。目が見えないのは世間で言うところの障害ですが、僕は、単なるコミュニケーション回路の違いじゃないかと思っています。

 視覚優位の近代社会が生んだミュージアムは「見る/見せる」が大前提です。そんな「視覚の殿堂」に「触る」を取り入れることで、ミュージアムの常識を変えられるのではないか。そしてそれは、視覚偏重の現代社会を問い直すことにもつながるのではないか。そう考えています。

 ――インクルーシブやアクセシビリティーではなく、「ユニバーサル」なのは、なぜですか。

 初めて企画展をやった2006年当時、他の言葉はまだ一般的ではありませんでしたが、結果的にユニバーサルにして良かった。というのも他の言葉には「包摂する側」「される側」といった意識が隠されているからです。ユニバーサルは「普遍的」、「ユニ」は「一つ」を意味します。「見る」が当たり前ではない、新しい普遍を築きたい。マジョリティーにマイノリティーが合わせるのではなく、本当の意味で一つになる。ユニバーサルはいい言葉だと思います。

 ――現在の近江八幡会場は3カ所目なんですね。

 21年秋に民博で開催し、今春、岡山に巡回しました。民博では約2万7000人が来てくださいましたが、視覚障害者は1%に満たなかったと思います。まず家を出るところにハードルがありますから、足を運んでもらうのは簡単ではありません。だからこそ、各地に巡回する意義は大きい。来年夏に直方谷尾美術館(福岡県)に巡回しますが、他でも手を挙げてくださるところがあれば大歓迎です。

 ――開催を重ねて、見えてきた課題はありますか。

 作品を守り、展覧会を継続するには、清潔な手でやさしく触るという「触るマナー」の定着が不可欠です。「触る」には2段階あり、質感・温度など見ても気付かない情報に気付くのは第1段階。「もの」の背後にいる「人」を感じるのが第2段階です。作品には作った人がいる。そこに思いが及べば、おのずと丁寧な触り方になるはずです。

 そろそろ「博物館に来る」の先も考えたい。世界を見渡しても、視覚障害のある学芸員はほぼいません。資格に必要な博物館実習の受け入れ先がないこともありますが、それ以前に視覚障害者は、学芸員を目指すきっかけになるような楽しい原体験がない。触る展示を楽しんだ人たちの中から1人でも2人でも、展覧会を企画するって面白そう、と思う人が出てきてほしい。それが今の僕の願いです。多様な人を来館者として受け入れるだけでなく、多様な人が役割とやりがいを持って働ける場所、それがユニバーサル・ミュージアムだと思います。

 ◇記者のひとこと

 取材中、広瀬さんは何度か「青臭いですが」と口にした。現代人が忘れてしまった「触る」を取り戻すことで、社会の行き詰まりを打破したい――。そんな壮大な目標に対し、触る展示がもたらす変化は小さなものかもしれない。ただ、小さな変化を積み重ねることでしか大きな変化は望めない。青臭い挑戦こそが世界を変える。展示終盤、見ただけでは鑑賞した気になれず、触りたくてうずうずするという「触るモード」にしっかり切り替わった私は、確信した。

PROFILE:

広瀬浩二郎(ひろせ・こうじろう)さん

 1967年、東京都生まれ。13歳の時に失明。京都大大学院博士号取得。専門は日本宗教史、文化人類学。民博の同僚で聴覚障害のある相良啓子さんとの共著『「よく見る人」と「よく聴く人」――共生のためのコミュニケーション手法』(岩波書店)を9月に、『ユニバーサル・ミュージアムへのいざない 思考と実践のフィールドから』(三元社)を10月に出版。

2023年12月10日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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