太田記念美術館学芸員の日野原健司さん

「浮世絵は楽しい」伝えるフォロワー15万人以上のツイッターを運営する学芸員・日野原健司さん

文:高橋咲子(聞き手、毎日新聞記者)

インタビュー

日本美術

 美術館の公式ツイッターで、巨大館に負けないくらいのフォロワー数を誇るアカウントがある。東京・原宿にある浮世絵専門の私立館「太田記念美術館」。約15万6000人がフォローする同館アカウントはどのように運営されているのか。「オンライン展覧会」などインターネット投稿プラットフォーム「note(ノート)」の取り組みも含め、中心となって運用する学芸員の日野原健司さんに話を聞いた。

コロナ禍の「すきま」埋めたい

 --まずは、ツイッターについて教えてください。

 ツイッターは2012年に開始しました。11年度の入館者数は約5万人でしたが、ツイッターの効果もあってか入館者数は右肩上がりでした。コロナ禍前の18年度は約11万人、19年度も約9万人。10年以上前と比べると、40代以下が確実に増えています。SNS(ネット交流サービス)の活用が反映されていると言ってよいでしょう。

 --フォロワー数は、国立新美術館(約27万人)、森美術館(約19万人)、東京都美術館(約19万人)という大規模館に次ぐ多さです。とはいえ、奇をてらった内容でもないし、フォロワーと交流しているわけでもない。極めてオーソドックスです。

 投稿のメインは浮世絵の紹介です。実際に展示している作品の見どころや、時事ネタや季節に合わせた作品を紹介しています。リツイート数やいいねの数の平均数は他の美術館よりも大きい方だと思います。特に動物、妖怪、そのほかユニークなものを伝える投稿は反響があります。「江戸時代、すでにカットスイカはあった」と、作品画像と共に紹介した昨年8月の投稿は3万5000人の「いいね」をもらいました。

 広報担当者ではなく、学芸員が担当しているのも特徴です。開始当初、他館は「展覧会が始まります」などという広報的発信が多かったですが、うちは積極的に所蔵品の鑑賞ポイントを画像を使って紹介してきました。学芸員ですので、展覧会の準備時に作品の細かいところまで気づくんですよね。そのときに見つけた面白さを、あくまで絵を主役にして語っています。

 --昨年8月からは「note」も始めました。「江戸っ子は雨が降ると、みんな裸足になるのか、調べてみた」や「浮世絵が陶磁器の包み紙として海を渡ったのは本当?という話」、「北斎の波の細部に迫って鑑賞してみた」など、どれも好奇心をくすぐられるような内容でした。

 ツイッターより長い文章が書け、記事をアーカイブできることが魅力です。初心者よりは歴史や浮世絵に関心がある人に向けて、一歩踏み込んだ浮世絵の状況を伝えたいと思って始めました。展覧会準備の過程など、美術館運営の裏話も書くつもりでしたが、まだそこには至っていませんね。

 併せて今年1月から「note」上で有料のオンライン展覧会も始めました。高精細の作品画像と、展覧会で用いる解説を組み合わせたものです。背景にはやはり、コロナ禍があります。入館者数は本格的に感染拡大した20年度、約3万人に激減しました。もともと海外からの観光客が15%以上を占めていたことも大きかったです。閲覧者は百数十人から四百数十人程度。収益は月に十数万~30万円くらい。やはり「有料の壁」は大きく、入館者数の大幅減を補塡(ほてん)するところまではいかないけれど、予算と手間をほとんどかけないでできるのはメリットです。

--SNSを見ていると、浮世絵の鑑賞視点が広がっているように思います。

 浮世絵といえばかつて、写楽、歌麿、北斎くらいしか一般には知られていませんでしたが、最近は歌川国芳が人気です。約10年前に大規模な国芳展が開かれましたが、それまでは浮世絵ファンは知っていても一般の認知度は低かった。ネコなどユーモラスな絵が人気ですが、SNSを通じて「浮世絵って楽しいよね」という感覚が広まったことが背景にあるのではないでしょうか。漫画やアニメを楽しいと思うのと同じような感覚です。逆に写楽への反応は減っている印象です。

 SNSの運用で仕事が増えているのは間違いありませんが、個人的な趣味の側面もあります。何より調べていると楽しいんですよ。美術館は「不急」かもしれませんが、「不要」ではない。コロナ禍で美術館に行く習慣が途切れてしまうことが一番怖いので、美術館に行けない「すきま」を埋めるためにも、SNSは役立つと思います。

〈記者のひとこと〉
 原宿駅のすぐそばなのに、一歩入れば静けさに包まれる太田記念美術館。畳の空間や石庭がある空間で浮世絵を楽しめるのが魅力だ。この美術館にどうしたら多くの人に足を運んでもらえるか。以前から日野原さんが、浮世絵や日本美術のファン層を広げたいと話していたことを思い出す。「note」の投稿は、アニメなどはやりものにひっかけたり、展示された実物の絵を見るだけでは分からない職人の技を紹介したりと、浮世絵の面白さを伝えることを軸としながらも、角度の付け方が絶妙だ。日野原さんの視野の広さが生かされているのだろう。

PROFILE:

日野原健司(ひのはら・けんじ)さん

1974年、千葉県生まれ。太田記念美術館主席学芸員。浮世絵の歴史を幅広く研究しつつ、妖怪や園芸、旅といったジャンルの研究にも取り組む。『ようこそ浮世絵の世界へ』(東京美術)、『北斎 富嶽三十六景』(岩波文庫)など著書多数。同館では「没後160年記念 歌川国芳」展(10月24日まで)が開催中。

2021年9月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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