長島有里枝さん=内藤絵美撮影

 創作の仕事、子育てや家事、パートナーとの時間。アメリカ大統領選や、ずっと続けているクラシックバレエ。日々のことを飾り気なくつづった、写真家・長島有里枝さんの2冊の新著が刊行された。

 『こんな大人になりました』(集英社)は文芸誌『すばる』に2012年から22年まで10年間寄せたエッセー。『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)は、実母、パートナーの母という〝2人の母〟と、それぞれ協働したテントとタープの作品の制作過程が記録されている。
 長島さんは1973年東京生まれ。美大生だった93年、両親、弟と自分の4人がヌードで撮影したセルフポートレートでデビューし、一躍注目を集めた。しかし、当時、長島さんの深い意図に気づいていた人はわずかだったかもしれない。

 <もがきながら撮った写真を見た人は、わたしたちをいい家族だと思う。でも、本当に彼らの思うような家族だったら、そもそもカメラを向ける必要はなかった。自分の好きな場所に行き、好きな人や花や風景を、美しく記録するためにシャッターを切っていた>(『テント日記』)

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 子供が生まれ、その父親は去り、恋人がパートナーになる。子供がいることで、両親と関わらざるを得ない。小さな葛藤や大きなけんか、心を温める一杯のコーヒーについて書き留めるうち、息子は大学生になった。

 女性がアーティストとしてキャリアを続ける難しさも伝わる。地方美術館での展示のギャラは10万円。仕事の対価は安すぎるし、無償のケア労働もある。読者は1人の女性の10年間を、一緒に怒ったり笑ったりしながら読み進める。

 ……なのに。「あれ、そんなこと書いてましたっけ? なんかね、写真もですけど、書いたら忘れちゃうんですよね」。長島さんいわく、書き留めたできごとはお笑いのネタみたいなものらしい。「面白いから、あとで言おう、みたいな」

 若くしてデビューし、国際的にも評価が高い。そんな〝かっこいい長島有里枝像〟に対し、「本当にダメな人間なんです」と応じる。「こういう順番でやろうと思っても、突然道をそれたり、勘違いして怒ったり。だから、ダメな自分をあえて出したいというのもありました」

 『テント日記』では、母娘の関係を衝突も含めて描くが、それは<昔のわたしのように自分を恥じている人がいるなら、サバイバーとしての自分がいまここにいることを、伝えたい>からだ。自分の苦しみは、両親ではなく、家父長制の上に築かれた社会がもたらしたと、今なら分かる。

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 幼い頃から、社会の安全を祈り、世界平和に思いを巡らせていた。自分や家族や、クラスメートが幸せに暮らすには、どうしたらいいのか考える子供だったという。ある8月6日の朝のロケについて書いた『こんな大人になりました』の一編はそんな長島さんらしさが表れている。

 文字の仕事だけあって、本にひたる楽しみについてもつづられる。以前は「絶対つまんないだろう」と思って手にとらなかった、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』、「もっと早く出会いたかった」というヴァージニア・ウルフの『灯台へ』やジーン・リースの『サルガッソーの広い海』。「女性をよく描いている」というバルザック。最近のお気に入りはオルナ・ドーナトの『母親になって後悔してる』(鹿田昌美訳)。「まだまだこんなに面白いことが山ほどあって、死ぬまでに全然時間が足りないなと思います」

2023年6月29日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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