通りに面した外観はそれまでの印象を保持している「花重」=関拓弥氏撮影

【評・建築】
MARU。architecture 花重
老舗の歴史、歩み直す改修

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 今年の夏、谷中霊園(東京都台東区)の入り口にたつ老舗「花重」がリノベーションされ、花屋の営業を継続しつつ、奥に現代的なカフェをオープンした。デザインを担当したのは、高野洋平と森田祥子による若手の建築家ユニット「MARU。architecture」であり、これまで大阪府松原市の市民松原図書館(2019年)、高知県土佐市の市複合文化施設(同年)などの公共施設を手がけたほか、静岡県伊東市の新しい図書館も進行中である。

 が、今回は小規模な建築ながら、複雑な条件を整理するリノベーションのプロジェクトだ。改修前は、創業150年ゆえの明治棟(店舗)と江戸時代の長屋、その背後につなぎ棟、戦前に増築された棟、さらに戦後の建築群(住居、社員寮、倉庫など)などの7棟が敷地に混在していたという。そこで古民家再生に取り組む、たいとう歴史都市研究会の協力を得て、再生の方針を決定した。すなわち、道路に面する明治棟と長屋は修復・保存し、街並みの印象は変えていない。また、つなぎ棟と戦前棟は、屋根裏を可視化し、2階の床を一部はずして吹き抜けを設けたり、庭に大きな開口をつくったりするなど、開放的な空間を出現させた。

庭側から見た外観。張り出したテラスはカフェになっている=関拓弥氏撮影

 逆に敷地を手狭にしていた戦後の建築群は解体し、鋼板のテラスが連なる軽やかなカフェの屋外空間が庭に向かって張りだす。細い鉄骨のフレームは、木造の既存建築がもつ柱のリズムとも調和する。また、あえて適度の錆(さび)を許容し、時間の経過を感じさせる鉄骨は、増改築の長い歴史が刻まれた木の架構と響きあう。

 なお、鉄骨のフレームは、溶接をなるべく減らし、精度が高い機械加工による継ぎ手を開発し、木造の建築を組み立てるようにつくられた。そして、遊び心がある、のびやかにうねる白い手すりなどは、ビーファクトリーが制作し、アートのインスタレーションのようである。

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 リノベーションとは、建て替えによる開発でもなく、文化財の凍結保存でもない、第三の方法だ。花重では、いったん戦前の状態に時間を巻き戻し、そこから別の歴史を歩ませたデザインを試みている。だが、唐突な断絶ではない。店舗からカフェと庭に向かうにつれて、木造の感覚を共有しながら、ゆるやかに現代の建築に変容していく。

2023年10月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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