海側から見た美術館「M+」=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】
香港の美術館「M+(エムプラス)」
世界レベルのいまを体現

文:評・五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 2021年11月にオープンしたものの、コロナ禍でしばらく行きづらかった香港の美術館「M+(エムプラス)」をようやく訪れた。北京国家体育場(通称・鳥の巣)や東京のプラダ青山店などで知られるスイスの建築家デュオ、ヘルツォーク&ド・ムーロンらが設計した巨大な美術館である。

 基本的な構成は、矩形(くけい)のプラットフォームに垂直に立てた板状の薄いボリュームがのり、そこに大型のスクリーンが埋め込まれ、上部は対岸から見られることを意識した看板のようなデザインだ。一方でM+は、九龍サイドの端部を埋め立てた公園の一角という、海を挟んだ香港サイドのにぎやかなビル群を眺める絶好のロケーションであり、内外の大階段、屋上庭園、テラス、カフェなどから風景を楽しめる。

屋上庭園へと続く階段=五十嵐太郎氏撮影

 またダイナミックな吹き抜けが上下に展開するメインフロアは、東西南北(それぞれ香港故宮文化博物館、今後開発されるパフォーミング・アーツ施設のエリア、海側、九龍駅に接続)から出入りできる開放的な公共空間だった。すなわち、場所のポテンシャルを徹底的に生かした建築である。

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 美術館としても大規模なインスタレーションに使える地下の空間や、ときどき外の風景を見せる約30の展示室が連なる2階は圧倒的なスケール感だ。コレクションをベースにした二つの展示(中国の近現代美術史と、アジア圏の建築・デザイン史)も興味深い。

 前者を見て、東京国立近代美術館の常設展はもっと広い面積が必要だと感じた。後者はアーキグラムのアーカイブも目玉だったが、日本の作品が多く、移築した倉俣史朗によるすし屋のほか、磯崎新、菊竹清訓、メタボリズム、ソニービル、帝国ホテル、柳宗理、剣持勇、大橋晃朗、内田繁、梅田正徳、粟津潔、田中一光、石岡瑛子、山口はるみ、横尾忠則などの図面や実物などがそろう。改めて1960~80年代のデザインがいかに盛りあがり、アジアに影響を与えたのかを痛感するとともに、いまだ日本に国立のデザインミュージアムがない状況が悔やまれる。

 昔の香港は安くておいしいものが食べられる都市だと認識されていたが、いまは日本よりも物価が高い。しかも世界レベルの文化施設が誕生し、日本のデザインを香港で知る時代を迎えている。

2023年7月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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