各棟が特徴的な曲線を描く=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】SANAA ミラノ・ボッコーニ大新キャンパス都市建築の伝統を更新

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 ミラノの南側、工場跡地において、SANAA(妹島和世+西沢立衛)が設計したボッコーニ大学の新キャンパス(2019年)を訪れた。

 教室が並ぶマスター棟、大講義室があるエグゼクティブ棟、10階建ての寄宿舎棟、オフィス棟、そして半地下の室内プール、ジム、競技場を備えたレクリエーションセンターなど、6棟から構成され、全体としては大きなボリュームだが、街に対する威圧感はない。各棟のプランの輪郭が有機的な細胞のような曲線を描くこと、外壁を波形のエキスパンドメタルで包むことによる建築の抽象化(何階建てかわからなくなる)、そして外の街路に対しては建物を後退させつつ、カフェなどの施設を設けているからだ。

 しかも敷地の40%を緑あふれる公園として開放しており、うねうねとした回廊を春の晴れた日曜に歩くと、地上の楽園のような雰囲気さえ漂う。実際、そこで多くの市民が幸せそうな表情を見せていたことが印象的だった。しばしばSANAAは「公園のような建築」というキーワードを用いていたが、まさにその理想を完全に実現している。

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外壁を包む波形のエキスパンドメタル=五十嵐太郎氏撮影

 デザインの手法を個別に観察すると、すでに彼らが日本でも試みていたことだと気づく。例えば、岡山大学(岡山市)のテラスとパーゴラ、静岡市歴史博物館(同市)を包むエキスパンドメタル、鬼石多目的ホール(群馬県藤岡市)の半地下に埋めた体育館、逢妻交流館(愛知県豊田市)の湾曲するガラスの反射効果などである。つまり、これらが最良の状態で統合されたのが、日本ではなく、ミラノのボッコーニ大学に登場した。

 近くの街区には、注目されるアイルランドの女性建築家ユニット、グラフトン・アーキテクツが手がけたダイナミックな校舎もある。ミラノの中庭型の建築を踏襲しつつ、モダニズムの延長にある直交座標系のすぐれた造形だが、SANAAの明るく開放的な建築は圧倒的に新しい。ただし、実はSANAAも、レクリエーションセンター以外は、変形した細いリング状の空間構成をもち、各棟が中庭を抱え、外側と内側の両方から自然光を導く。空中からの写真では、ミラノに異質な要素を挿入したように見えるが、都市建築の伝統を再解釈し、21世紀にアップデートさせたのである。

2023年4月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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