最上階から3層目のテラスを見下ろす。右手にはアクロポリスが見える=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】ギリシャ・アクロポリス博物館返還待つ未完の館

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 現在、世界では過去に略奪した美術品を返還する議論が起きている。ギリシャのパルテノン神殿の場合は、その破片がバチカン美術館から戻されることが発表され、大英博物館も展示の目玉になっている剝ぎ取った大理石の彫刻の返還を検討していると、1月上旬に報じられた。

 ただし、これらがギリシャに返ると、パルテノン神殿にはめ込まれるわけではない。現在、野外の遺跡に付いていた彫刻は保存を考慮し、アクロポリスの南側に約300㍍離れた博物館に収蔵され、現場にはレプリカを置いている。

 昨年末、筆者は久しぶりにアテネに滞在し、この博物館を訪れた。以前はアクロポリスの丘の南東隅に19世紀に建てられた博物館が存在していた。しかし、手狭になったため、コンペによって、スイス出身のベルナール・チュミとギリシャ人のマイケル・フォティアドスのチームが設計者に選ばれ、2009年に新しいアクロポリス博物館が誕生した。チュミはパリのラ・ビレット公園を代表作とし、異なる要素を衝突させる前衛的な建築理論家としても知られている。この博物館では歴史的な文脈を読み込みながら、違う世界を縦に積み重ねた。

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最上階から3層目のテラスを見下ろす。右手にはアクロポリスが見える=五十嵐太郎氏撮影

 まず博物館そのものが新たに発掘された古代遺跡の真上にピロティ形式で乗っかっている。館内の導入部にあたるギャラリーは、アクロポリスの坂道を上るイメージで傾斜し、ガラス張りの床面からは地下の遺跡が見える。2層目はニケ神殿やエレクティオン神殿の展示、3層目は北側にテラスを張りだし、アクロポリスを眺めながら飲食が楽しめる。そして最上階はパルテノン神殿と同じ間隔でぐるりと柱を並べ、東西南北のペディメント(三角の妻面)やフリーズ(柱頭の上の水平の帯)にある浮き彫り石板を紹介している。

 つまり、入れ子状にパルテノン神殿を包むような展示だ。が、前述したように、欠番も多い。いわば未完の博物館である。ちなみに、同館では、動画やキャプションによって、神殿の各部位がどのような経緯で海外に渡ったかを説明していた。将来、返還が進むと、随時、空きスペースに設置されるだろう。このフロアは外周がすべてガラス張りになっており、展示室からパルテノン神殿がよく見える。

2023年1月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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