人がいた近くの壁には弾子の痕跡がないことを示した空間インスタレーション=ルイジアナ美術館で

 およそ2年半ぶりに海外に出かけ、デンマークの首都、コペンハーゲン郊外にある念願のルイジアナ美術館を訪れた。ここでは複雑な増改築を重ねた結果、あちこちに出入り口をもち、庭園や地形と溶け合うような魅力的な空間を体験できる。

 さて、「建築家のスタジオ」シリーズの第5回として開催されていたのが、フォレンジック・アーキテクチャーの「目撃者」展だった(今年5月から10月23日まで)。正確にいうと、彼らは設計事務所ではない。建築家、映像作家、ジャーナリスト、科学者、弁護士らが参加するイギリスの調査機関であり、2010年に設立された。

 彼らが構築するのは、近過去に発生した事件の空間である。すなわち、徹底的なリサーチによって空爆、紛争、殺人、環境破壊などが行われた現場を可視化しているのだ。その際、ネット上のデジタル情報(映像、写真、地図)を収集したり、生存者や目撃者の証言をもとにスケッチを作製したりして、3Dモデルを立ち上げ、模型やインスタレーションを制作するなど、まさに建築的な手法を用いる点が特徴である。

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イスラエル軍の除草剤による環境破壊やガザ地区空爆による粉塵の形態などの展示=ルイジアナ美術館で

 展示はこの10年間の活動の集大成というべき内容だった。例えば、ベネチア・ビエンナーレ国際建築展2016でも展示された作品。ここでは、12年にアメリカがパキスタンに対してドローン攻撃を仕掛けた際、民家の室内で爆発したミサイル弾子の痕跡がない壁から死者の位置を推測する。他にも、政治犯に対する非人道的な扱いで悪名高い、シリアのサイドナヤ軍事刑務所の空間調査を行ったり、ニューヨークのホイットニー美術館に催涙ガスの会社を所有する理事がいることに異を唱え、同館のビエンナーレで同社の製品をリサーチし、他のアーティストらと連携して退任に追い込んだりもしている。

 06年にドイツ、カッセルのインターネットカフェでネオナチが起こした殺人事件については、実寸大で現場を再現し、秒刻みで人々の行動を検証する。やはり今年のロシアによるキーウ攻撃も調査していた。3月に爆撃されたテレビ塔は、かつてドイツ軍による10万人の大量虐殺があった現場周辺だったという歴史を掘り起こし、悲劇の連鎖を提示する。フェイクニュースの時代だからこそ、事実を探求し、暴力を告発する彼らの行動は重要だろう。

2022年10月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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