2017年の大学院のときから板坂留五(るい)が修士設計として取り組み、実施の段階で西澤徹夫の協力を得ながら、案を変更しつつ、19年に完成させた兵庫・淡路島の半麦ハットを見学した。大阪湾を望む、彼女の両親のための店舗兼住宅である。
車でのアクセスが分かりにくく、道に迷い、だいぶ街並みを観察してから到着したが、おかげで周辺の環境要素を取り入れたという建築の特徴のひとつはすぐに理解できた。すなわち、三角屋根をしたガラス温室の鉄骨構造、ノリ工場の波板、外装によく使われるサイディング材などを採用している。いわば地域の固有性を継承するヴァナキュラー建築(現代版の民家)だが、工業材料がポイントになることが興味深い。
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なるほど、周辺からサンプリングしたモノを組み合わせる手法そのものは、10年代から注目されている。だが、半麦ハットは、モノやかたちを記号的に操作するポストモダン的なデザインではなく、これらの出会いが実際の建築でしか起こりえない複雑な現象と体験を生みだしていることが重要だ。
これは通常、架空のプロジェクトで終わる修士設計から、実務のデビュー作へというプロセスが功を奏したものだろう。実験的に窓台に使われたサイディング、意図的に一部を見せる鉄骨や木の柱梁(ちゅうりょう)、人工大理石の導入、あえて太い巾木(はばき)など、ひとつひとつの特殊なディテールが発見されながら決定された。
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さらに半麦ハットでは、板坂の母が購入した二つのアンティークの扉や収納の壁に描いた絵が設計に組み込まれ、ショップの衣服、こだわりの照明、家具、無数の小物の存在も彩りを添える。つまり、何もない状態が一番カッコいい空間となる建築ではない。
この住宅では、様々(さまざま)な小さなモノたちがささやきあい、豊かな場をつくりだす。もちろん、水平横長の窓から見える海の眺めは、映画のシーンのように決まっている。その気持ち良さは、ル・コルビュジエが両親のために設計したスイスの湖畔の小さな家を想起させるだろう。また玄関から入って左を店舗、右を住宅とし、中心部に水まわりになる木造のコアを挿入しており、コンパクトにまとめた機能的なプランである。
2022年4月20日 毎日新聞・東京夕刊 掲載