隈研吾展の展示風景=木奥惠三氏撮影

【評・建築】
隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則
ネコの視点で都市再発見

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

デザイン

建築

 東京五輪のメインスタジアムを設計した隈研吾(1954年生まれ)の個展が、東京・竹橋の東京国立近代美術館で開催されている(9月26日まで)。国を代表するナショナル・アーキテクトだが、改めて日本各地で数多くのプロジェクトを手がけたことが確認できる内容だ。もちろん、海外の作品も紹介している。

 その際、隈建築を理解する五つのキーワードとして、人や物をつなぐ「孔」、建築を開く「粒子」、身体を包む「やわらかい」素材、農業以前の大地への回帰となる「斜め」、無数のゼンマイのようなスカスカの「時間」を掲げた。このわかりやすさは、かつてル・コルビュジエが唱えた五つの原則を踏まえたものだろう。したがって、まず本展は、一般の来場者にとって隈の全容を知る格好のイントロダクションとなっている。ここで作品を知り、次にそれぞれの現地に出かけるのだ。

隈研吾展の展示風景=木奥惠三氏撮影

 別の次元において重要なのは、美術館で建築展を開催する意義に意識的なことだ。建築家の展覧会は、しばしばセルフプロデュースを行い、模型、写真、ドローイングを並べて終わってしまう。が、本展はキュレーターとして保坂健二朗が入り、アーティストの藤井光、マクローリン兄弟、瀧本幹也に隈の公共建築をモチーフとした新作映像を依頼しており、いずれも見応えがある。また復興関係の施主にインタビューしたオーラル・ヒストリーの映像を津田道子が撮影した。さらに開催が1年遅れたことを含めて、本展がどのような経緯で企画されたかをカタログで説明している。特筆すべき広場を実現し、映像で紹介された新潟・長岡市役所「アオーレ長岡」が、大きなきっかけだったことは興味深い。

 さて、本展のタイトルで驚かされるのは、ネコという言葉だろう。1964年の東京五輪でスタジアムを設計した丹下健三による「東京計画1960」に対し、隈は「東京計画2020」を提案している。前者が鳥の目からの強い軸線をもつデザインだとすれば、後者はネコの習性から都市空間を再発見するものだ。ル・コルビュジエはぐねぐね曲がったロバの道をまぬけだと批判し、丹下と同様、合理的な直線の道を推奨したが、ネコはふらふらと自由に歩く。ちなみに、建築家を志す前、子供の頃の隈はネコ派であり、獣医になりたかったという。

2021年7月21日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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