「ランドスケープ・ミュージアム」をコンセプトに掲げる長野県立美術館=五十嵐太郎氏撮影

【評・建築】宮崎浩 長野県立美術館自然と人工の結節点=五十嵐太郎

文:五十嵐太郎(建築史家・東北大大学院教授)

建築

 4月にオープンした長野県立美術館(長野市)は、コンセプトとして「ランドスケープ・ミュージアム」を掲げ、周囲の自然や約10㍍の高低差をもつ地形、ならびに人工的な環境をつなぐ結節点のような建築である。これは旧信濃美術館(1966年)の老朽化に伴う建て替えだが、隣接する東山魁夷館(90年)を手がけた谷口吉生が審査に参加したコンペによって、宮崎浩(52年生まれ)が設計者に選ばれた。ゆえに、まず二つの建築の連携がポイントとなる。

 宮崎は槙文彦の事務所出身であり、中原中也記念館(94年、山口市)など、品の良いデザインを得意とし、ここでも谷口の精巧なモダニズムと呼応している。もっとも、東山魁夷館が内側で完結した世界を志向するのに対し、長野県立美術館は積極的に外に開く。旧美術館があった場所には建築をつくらず、エントランスホールと視覚的に連続する段々の水辺テラスを配し、その上部にガラスのブリッジを走らせて、両館をつなぐ。この屋外エリアは、中谷芙二子による霧の彫刻が噴霧されると、幻想的な風景に変化する。また旧美術館の組格子は、一部再利用された。

テラスで常設展示される中谷芙二子の「霧の彫刻」=五十嵐太郎氏撮影

 もうひとつ重要なのが、すぐ近くの善光寺である。旧美術館はあまり関係をもたなかったが、新しい美術館は、公園と道路を挟んで、大きな本堂の側面と対峙(たいじ)し、佐久檜(ひのき)の大庇(ひさし)が張りだすカフェと草屋根がある屋上広場や、2階のレストランから絶好の眺めが得られる。つまり、善光寺を鑑賞する場を用意しているのだ。

 なお、コアの部分では、国宝級の文化財を展示できる性能や天井高7・2㍍の吹き抜けをもつ大きな展示室を確保する一方、そのまわりに開放的なガラスの空間をめぐらせ、複数のアクセスを設けることによって、無料ゾーンに立体的な回遊性を与えている。

 また20回を超える県民とのワークショップを通じて、「屋根のある公園」という考え方を導き、端部に使い方の自由度が高い交流スペース、県民ギャラリー、多目的ホールなどを配した。ほかにも工事現場から出てきた巨石が並ぶデッキ、黒い天井の色彩計画、ジャクソン・ポロックのドリッピングをイメージしたゴムの床材など、見どころがちりばめられている。

2021年6月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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