機動戦士ガンダム「機動戦士ガンダム」(劇場版)ポスター原画 ©創通・サンライズ

 ◇絵の力、物語の力

 放送開始から45年を経た今も多くの人々に感動を与え続けるアニメ作品「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイナー兼アニメーションディレクターで、漫画家として現在も活躍する安彦良和(やすひこよしかず)(1947年~)に焦点を当てる回顧展「描(えが)く人、安彦良和」が8日、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開幕する。展示する約1400点は本展の企画段階で見つかった貴重な資料を多数含み、日本アニメ史に大きな足跡を残すクリエーターの原点から現在地までを概観できる。見どころを同館の小林公(ただし)学芸員が紹介する。

 ◇青年期、初公開の秀作群 2年前故郷・北海道で〝発掘〟

 2年前の夏、私たちは北海道遠軽町を訪れた。安彦良和氏の故郷を訪ね、資料調査を行うためだ。ご令姉の準備のおかげで貴重な品々を確認することができたが、特に「重点整理帳」と題された4冊のノートは後の創作を支える歴史や地理への深い関心をうかがわせるもので、何より漫画家を夢見た少年の早熟な画力が遺憾なく発揮されていて、一見して出品を決めた。

 その後もアトリエを中心に調査を重ねたが、その過程で「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」といった重要作に関する資料が数多く発見された。特にポスターに使用されたイラストのラフスケッチ、「ガンダム」などのキャラクターのスケッチなどは必見のものだ。会場で完成作と比較しながら見てほしい。

「遙かなるタホ河の流れ」上巻より

 展覧会は6章立ての構成をとる。1章では、遠軽町での少年時代から青森での学生時代を経て、東京でアニメの仕事に従事するまでの活動を概観する。高校から大学時代にかけてノートに清書された「遙かなるタホ河の流れ」など、出品作のほぼすべては初公開となる。2章では安彦の1970年代の仕事を、3章では「機動戦士ガンダム」とそのシリーズ作品をまとめて取り上げる。79年放送開始の「ガンダム」の魅力の大きな部分を安彦による人間味あふれるキャラクター造形と、アニメーターとしての力量に負っていることが実感されるだろう。

アリオン「ネオ・ヒロイック・ファンタジア アリオン」 ポスター原画 ©安彦良和・THMS

 4章は、安彦が多忙を極めた80年代の仕事をさまざまなジャンルにおける挑戦の中に追っていく。「クラッシャージョウ」で劇場アニメの初監督を務め、TVアニメシリーズ「巨神ゴーグ」では総監督を務めるなど華々しく活躍するのと並行して、小説執筆や挿絵提供、さらに「アリオン」によって漫画家デビューまで果たすが、89年の「ヴイナス戦記」でアニメ制作に一区切りをつける。

 5章では漫画家としての活動を本格化した安彦の仕事を、ライフワークとなる日本の古代史と近現代史の両シリーズとともに、フルカラーの原稿が美しい西洋史シリーズの代表作により紹介する。記紀神話を換骨奪胎し人間のドラマとして再解釈した古代史シリーズは、娯楽性を超えて大きな歴史的視座の上に立つ問題提起でもある。人の血の通った物語として歴史を捉え直す試みは近代史をテーマとする諸作にも通底する。展覧会を締めくくる6章ではアニメと漫画の最新の仕事を取り上げる。

乾と巽「乾と巽―ザバイカル戦記―」より ©安彦良和/講談社

 5月に完結したばかりの漫画「乾と巽」はシベリア出兵がモチーフだが、主人公の一人は北海道の遠軽出身の砲兵である。彼が短い休暇を得て帰省するエピソードがあるが、そこに描かれた生家の様子は、安彦が見せてくれた写真に写る氏の生家と良く似ていた。そのことに気づいたとき、私たちは過去とつながる歴史を生きている、そう教えられたように思われた。

ナムジ「ナムジ―大國主―」より ©安彦良和/KADOKAWA

2024年6月1日 毎日新聞・大阪朝刊 掲載

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