橋本治さんの名前を一躍全国に広げた第19回駒場祭ポスターの原画。大学2年の時の作品=横浜市中区の神奈川近代文学館で4月20日、棚部秀行撮影

◇膨大な仕事、豊富な資料で ポスターや生原稿など450点

橋本治さん=東京都渋谷区で2008年10月22日、石井諭撮影

 小説や古典の新訳、戯曲、社会時評、イラスト、編み物と幅広い分野で活躍した橋本治さん(1948~2019年)の仕事を振り返る特別展「帰って来た橋本治展」が、神奈川近代文学館(横浜市中区)で開催されている。6月2日まで。

 構成は、橋本治とその時代▽作家のおしごと▽橋本美術館――の3章立て。<とめてくれるなおっかさん/背中のいちょうが泣いている/男東大どこへ行く>のキャッチコピーで一躍注目を浴びた東京大駒場祭のポスター(68年)の原画をはじめ、衝撃の小説デビュー作「桃尻娘」(77年)、400字詰め原稿用紙で9000枚弱の大作「双調平家物語」(98~07年)などの生原稿、スター歌手の姿を編みこんだ鮮やかなセーターや歌舞伎をモチーフにした挿画、さらには母親が開いた喫茶店の自筆メニューもある。約450点が展示され、橋本治さんの生涯を振り返りながら、多彩で膨大な仕事ぶりを知ることができる特別展になっている。

 同展の編集委員を務めた作家の松家仁之さんは、今回の展示について「材料が豊富でしたから、どう整理分類して魅力的に見てもらうか、文学館の人と相談しました」と振り返り、「期間中、展示する作品や書簡などの貸し出しをお願いすると、どんどん集まってくるんです。人に与えることを惜しまなかった橋本さんの人徳ですね」と語った。

 松家さんは新潮社に在職中の95年から10年、橋本さんの担当編集者を務めた。多くの著作を生み出した執筆活動について、「分からないことを、どうにかして分かろうとするのが、橋本さんの原動力でした。時代や社会、人がどうしてそうなっていったのか、事実を丁寧に積み重ねて解き明かし、いわば悲劇から救いだそうとしたのが橋本さんの仕事でした」と分析した。

 4月20日に同館で開かれた記念イベントでは、松家さんと橋本さんの妹・柴岡美恵子さんの対談があった。柴岡さんは橋本さんが編んだセーターを着て登壇。3学年上の兄との数々の逸話をユーモアを交えて紹介した。柴岡さんは「兄の本はあまり読まないんです。いつもファニーな兄の裏側を見るような気がして悲しくなるので」と明かしながら、本展について「こんなに残していたとは思っていませんでした。みなさんに見てもらえて兄も喜んでいると思います」と述べた。

 同文学館の担当学芸員は「自分が知らない橋本治に出会ってほしい」と話している。月曜休館。問い合わせは同館(045・622・6666)。

2024年5月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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