絵画と立体作品が呼応し合う展示風景
絵画と立体作品が呼応し合う展示風景

 インド・ムンバイで生まれ、1970年代から英国に拠点を置く現代美術家、アニッシュ・カプーア(1954年生まれ)の個展がGYRE GALLERY(東京・表参道)で開かれている。25年来の親交がある美術批評家、飯田高誉氏がキュレーションを手がけた。入場無料。

 いずれも、飯田氏から「監視社会」をテーマに制作の打診を受けた新作。人体の内部を思わせる赤と黒を基調とした絵画の前には、その絵が質量を持って現れた肉塊のような立体作品を設置した。壁や天井にはその破片が飛び散る。空間全体を味わうインスタレーションのような展示でもある。

 いずれもタイトルはない。なので、作品から現在進行形の戦争を思い浮かべる人がいるかもしれないし、胎盤と共に生まれ落ちる新しい命を見いだす人がいるかもしれない。グロテスクとも言えるのだろうが、透き通る青や紫を用いた絵画は美しく、すがすがしさすら感じさせる。肉塊のような作品の設置は絵画がそろった後に急きょ、決まったという。ロンドンにいるカプーアが毎日、遠隔で指示を出し、アトリエから派遣されたスタッフらが作り上げた。

 「安全・安心」と引き換えに多くの監視カメラが設置され、利便性の向上のもと個人データが集約される現代社会は、確かに「監視社会」だ。飯田氏によるとカプーアはこのテーマをとても面白がったという。こうした社会にあっても人間に潜在する野性、再生をくり返す生命力を感じさせた。2024年1月28日まで。

オペラ「シモン・ボッカネグラ」の一場面=堀田力丸氏撮影、新国立劇場提供
オペラ「シモン・ボッカネグラ」の一場面=堀田力丸氏撮影、新国立劇場提供

 新国立劇場(東京・初台)で上演され、11月26日に千秋楽を迎えたオペラ「シモン・ボッカネグラ」の舞台美術も話題になったばかりだった。火山を逆さまにしたような巨大オブジェをつるしたり、血の海のようなへこみをしつらえたりして登場人物を引き立てた。物語の舞台は海洋国家ジェノバだが、定型的な海のイメージにはとらわれなかった。ここでも赤と黒の世界を貫き、オペラの先入観を更新した。

2023年12月4日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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