五百羅漢図 第四十五・四十六幅 狩野一信 1854~63年 大本山増上寺

 今年は幕末明治期を扱った展覧会が目立った。本展も、そのうちの一つ。西洋から新たな視覚体験がもたらされ、現在でいう「美術」をとりまく制度や概念も大きく様変わりした。その混沌(こんとん)とした時代を体現する作品が並ぶ。

 まずは、狩野一信(1816~63年)の「五百羅漢図」に驚くだろう。100幅に500人の羅漢が描かれた壮大な仏画で、うち6幅を展示。大画面を埋め尽くす緻密な描写や迫力ある構図が目を引くが、強烈な印象を残すのは、西洋絵画に学び、明暗法や陰影法を取り入れた表現。とはいえ、例えば陰影法でも第46幅の羅漢の面貌のように、一つの画面のなかで従来の平明な表現とが混在している。

 まとめて見る機会となったのが、幕末の江戸で活躍した洋風画家、安田雷洲(?~1859年)の作品。北斎に学んだという雷洲は、同じ刷り物でも浮世絵から銅版画へと活躍の場を移した。極端な遠近法を用いて濃密に表した銅版画は、小さな画面に雷洲の大きな世界が広がる。

 この時代、主に輸入された印刷物から図様や技術を取り込み、貪欲に表現を開拓していったことがよく分かる。単にまねるだけではない。例えば忠臣蔵の物語を表すのに、国芳は錦絵で、洋書の挿図から得た南国の風景を月明かりの討ち入り場面に仕立てた。雷洲は、聖書の挿図を大胆に翻案した。生まれたばかりのイエスが吉良上野介の生首になっているから恐れ入る。

 名前だってオランダふうにしてみせる。凹凸表現がねっとりと迫ってくる「水辺村童図」は、「Willem van Leiden」と署名があり、同じく銅版画を手がけた亜欧堂田善の署名「AEUDOO DENZEN」を思い出す。これらを奇妙に感じるなら、それは現在の「スタンダード」が捨てたものをまとっているからだろう。

 江戸時代、明治時代と言っても、「日本史的な区分を美術の流れに当てはめることは難しい」と、担当学芸員の内田洸さんは図録で指摘する。それに「文化としての江戸時代」は地域によっても時期が違うだろう。本展は、この移行期の熱量を味わうことができる。東京・六本木のサントリー美術館で12月3日まで。

2023年11月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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