建築は何かのいれものだから、主役ではない。しかも言葉で語りかけてこない。だから、建築家の思想を漠然と感じていても意識することは少ない。例えば美術館なら、建物だけでなく、展覧会の照明や展示壁、動線といった会場構成にも建築家が関わる場合があるが、作家や作品に対してのみに焦点があたることが多い。
今回の主役はその背後にある建築家の思想だ。西澤徹夫(1974年生まれ)は京都市京セラ美術館の改修や青森・八戸市美術館、東京国立近代美術館(東近美)所蔵品ギャラリーといった美術館の設計や、展覧会の会場構成を手がけてきた。本展では、主にこうした美術館関連を素材に過去を振り返る。
といっても、単に回顧するのではない。異なる建物から、今の視点で見いだした共通する要素を抜き出し、模型を二つセットで展示している。その意図は、フランスの細菌学者、パスツールの言葉を引いたという展覧会のタイトルが教えてくれる。西澤は「後から『あのときのことが今いきている』と気づくことが多く、それはものを作ることの非常に根源的な態度であると考えてきたように思う」と話す。今後を知るために考察したその素材が、展示されている模型なのだ。
例えば、八戸市美術館の外構部分と、東近美の「ヴィデオを待ちながら」展の展示スペースでは、座るという動作と美術館での人々のふるまいについて。京都市京セラ美術館の正面にあるスロープと、兵庫県西宮市の個人住宅のアプローチは、建物の内部と、外側の空間の関係性について。特に展覧会の会場構成は、仮設的であり、過去の例を振り返る機会はまれだ。込められた意図から、美術館活動を支えているものに気づかされる。
京都は青木淳と、八戸は浅子佳英、森純平との共同設計で、「八戸以降、意図的にチームを組んで当たっている」と話す。多様なものの見方が存在する現代において、1人の建築家による一つの価値観を差し出すのではなく、あらかじめ多様な考えを取り込むためだという。新しい美術館が生まれれば、呼応しあってまた「いれものの中身」も変わっていくに違いない。東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で26日まで。
2023年11月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載