山神像 江戸時代 兄川山神社(岩手県八幡平市)

 ◇かわいくて かなしくて

 秋季特別展「みちのく いとしい仏たち」が16日から龍谷大学龍谷ミュージアム(京都市下京区)で始まる。北東北の厳しい風土の中、人々の暮らしにそっと寄り添い、守り伝えられてきた、素朴でユニークな神仏像約130点を紹介する展覧会だ。本展を企画した須藤弘敏・弘前大学名誉教授が、見どころを解説する。(画像はいずれも須藤弘敏氏撮影)

鬼形像 右衛門四良作 江戸時代・18世紀後半 法蓮寺(青森県十和田市)

 ◇「いっぺ泣け」寄り添う民間仏--寄稿 須藤弘敏・弘前大名誉教授

 仏像彫刻の技術と制作点数では江戸時代が頂点である。諸国の町だけではなく村の寺院にも「ご本尊」として上方や江戸の仏師が制作した金色の端正な仏像がまつられていた。しかし、そうした公の空間とは異なる、村の小さなお堂やお宮、民家の神棚には、地元の大工や木地師らが彫ったお像がまつられていた。もちろん町仏師や渡り職人に依頼した場合もあるが、北東北の山村や漁村では素人に近い人々が大半の造像を担っていた。それを民間仏と呼んでいる。

厩猿像 江戸時代 二戸歴史民俗資料館(岩手県二戸市)

 民間仏は丸彫りで芯をくりぬかず、材の曲がりや節などの難点も承知の上である。手のかかる細工や装身具はなく、金箔(きんぱく)や金泥はとんでもない。彩色だけは手近なものを施すが、文様は墨で描くこともある。その後手荒な扱いを受け、雨風にさらされたり、虫や鼠(ねずみ)に食われたり。果ては明治の神仏分離令で放り出されるなど苦難の歴史を経てきた彼らは、手をもがれ足元や背中を腐らせ、色はほとんど落ちている。まっ黒にすすけた像は幸せな方で、囲炉裏(いろり)の煙にいぶされたおかげで虫に食われず、手足も残っている。

 でも、多くの像が笑みを浮かべている。これがみちのく民間仏の魅力だ。通常、仏像や神像は無表情かいかめしい顔つきをしている。その方がありがたく見えるからだが、民間仏はそんな格好つけと無縁である。日々の暮らしのつらさを泣いて訴える人々に「いいんだあ、いっぺ泣いでいけ」とニコニコ語る仏像は宗教造形としてまちがっているだろうか。あくまで拝む側本位に造られた仏像神像たちは、暮らしに寄りそうホトケやカミなのだ。

 どの像も身体は大づかみでアンバランス、岩手県八幡平市兄川の山神像や秋田県湯沢市三途川の十王像は目鼻や口がとてもちっちゃい。どてらにモンペのような衣装を着た青森県五所川原市慈眼寺の子安観音坐像(ざぞう)はおさげ髪に扇のような飾りをのせている。でも、村の人々は「これがいいのだ」と見捨てずにきた。なぜならこうした率直な表現にこそ自分たちの祈りが宿っていると信じたからである。

童子跪坐像 右衛門四良作 江戸時代・18世紀後半 法蓮寺(青森県十和田市)
子安観音坐像 江戸時代 慈眼寺(青森県五所川原市)

 みちのくの民間仏はかわいい。でも、そのかわいさは根底につらさ切なさくやしさを抱えている。生きるつらさを「てえしたこだねのさ(大したことはないんだよ)」と笑ってみせる人々のやさしさが仏像たちの顔やしぐさに映りこんでいる。老幼男女を問わず、命のはかなさや自然の厳しさを知る人々が手を合わせたみちのくの仏像は、かわいくてかなしい。

地蔵菩薩立像 右衛門四良作 江戸時代・18世紀後半 青岩寺(青森県七戸町)

 ◇記念講演会「みちのく いとしい仏たち」

 本展監修の須藤弘敏氏による記念講演会。10月29日(日)午後1時半~3時。龍谷大学大宮キャンパス東黌101教室で。龍谷ミュージアムのホームページから事前申し込みが必要。聴講は無料だが、観覧券が必要(観覧後の半券可)。先着150人。

INFORMATION

秋季特別展「みちのく いとしい仏たち」

<会期>9月16日(土)~11月19日(日)。月曜休館(祝日は開館、翌火曜休館)。入館は午前10時~午後4時半
<会場>龍谷大学龍谷ミュージアム(京都市下京区堀川通正面下る=京都駅から徒歩約12分、電話075・351・2500)
<入館料>一般1600円▽高大生900円▽小中生500円。最新情報の確認は龍谷ミュージアムホームページ
<主催>龍谷大学龍谷ミュージアム、毎日新聞社、京都新聞、NHK京都放送局、NHKエンタープライズ近畿
<特別協力>浄土真宗本願寺派、本願寺
<監修>須藤弘敏(弘前大学名誉教授)
<後援>京都府、青森県、秋田県、京都市、京都府教育委員会、青森県教育委員会、岩手県教育委員会、京都市教育委員会、京都府観光連盟、京都市観光協会、KBS京都、エフエム京都
<制作協力>NHKプロモーション
<協力>龍谷大学親和会、龍谷大学校友会

2023年9月15日 毎日新聞・大阪朝刊 掲載

シェアする